産業技術総合研究所(産総研)は、同研究所生物プロセス研究部門の深津武馬氏、産総研・早大 生体システムビッグデータ解析オープンイノベーションラボラトリの安佛尚志氏、生物共生進化機構研究グループの森山実氏らの研究グループが、放送大学、九州大学、鹿児島大学、京都大学、東京大学、沖縄科学技術大学院大学、基礎生物学研究所と協力し、ゾウムシ4種の細胞内共生細菌ナルドネラの全ゲノム配列を決定し、アミノ酸の一種であるチロシンの合成に特化した極めて小さいゲノムであることを解明した。

さらに、クロカタゾウムシにおいてナルドネラがチロシン合成を介して宿主昆虫の外骨格クチクラの着色と硬化に関与していることや、チロシン合成の最終段階が宿主側の遺伝子によって制御されていることを実証したことを発表した。この成果は9月18日、米国の学術誌「Proceedings of the National Academy of Sciences USA」にオンライン掲載された。

クロカタゾウムシと細胞内共生細菌ナルドネラ(出所:産総研Webサイト)

近年では、腸内細菌が人間の健康に深く関わることも明らかになったことから、生物の体内に存在する細菌(共生細菌)がもつ多様な生物機能が注目されている。自然界では昆虫と細菌の共生関係は普遍的に見られ、宿主の生存にとって重要な物質を共生細菌が生産・供給している現象が多く知られている。特に宿主が害虫であった場合には、新たな防除技術開発のシーズとなる可能性がある。

産総研は、ゾウムシ類と1億年以上にわたり密接な共生関係にあると推定されていたにもかかわらず、その生物機能が不明であった細胞内共生細菌ナルドネラの全ゲノム配列を決定し、ゲノム情報から推定されたナルドネラの機能解明に取り組んだ。

昆虫類は陸上生態系の主役となるグループであり、なかでも甲虫類は最も種数が多く繁栄している。その理由のひとつに、硬い外骨格クチクラの発達がある。強固な外骨格は機械的強度の増加や乾燥や外敵から身を守ることに役立ち、環境適応において重要な役割を果たしている。なかでもゾウムシ類はとりわけ種数が多く、硬い外骨格をもつ種が多い。多様なゾウムシ類がナルドネラという共生細菌を体内に保有しているが、その機能は不明であった。

4種のゾウムシ由来の細胞内共生細菌ナルドネラのゲノム構造(出所:産総研Webサイト)

研究グループは、4種のゾウムシに共生するナルドネラの全ゲノム塩基配列を決定した結果、ゲノムサイズは約20万塩基対と極めて小さく、細菌の生存に必須な複製、転写、翻訳に関わる最小限の遺伝子以外のほぼ全ての代謝系の遺伝子が失われていた。しかし、アミノ酸の一種であるチロシンの合成系遺伝子群のみが保存されており、ナルドネラはチロシン合成に特化した機能をもつことが判明した。

外骨格がとても硬いクロカタゾウムシの幼虫を高温や抗生物質で処理してナルドネラの感染密度を抑制したところ、体液中のチロシン濃度が減少し、羽化した成虫の外骨格が赤っぽく柔らかくなった。この結果は、ナルドネラを介したチロシン合成が、宿主ゾウムシの外骨格の着色や硬化に重要な役割を果たすことを示している。

興味深いことに、ナルドネラのゲノムにコードされたチロシン合成遺伝子群のうち、最終段階の遺伝子だけが欠失していた。そこで、クロカタゾウムシ幼虫の共生器官で発現している宿主側の遺伝子をRNA-Seq法で調べたところ、チロシン合成の最終段階を担うアミノ基転移酵素遺伝子が発現しており、他の組織と比べて共生器官での発現量が有意に高かった。RNA干渉法を用いて、幼虫時に宿主のアミノ基転移酵素遺伝子の発現を抑制したところ、体液中のチロシン濃度が低下し、赤っぽく柔らかい成虫が羽化した。これは、ナルドネラによるチロシン合成の最終段階を宿主ゾウムシの酵素遺伝子が担うことにより、チロシン合成の制御が行われていることを示唆している。

ナルドネラによるチロシン合成の最終段階における宿主制御(出所:産総研Webサイト)

これらの結果から、(1)ゾウムシ類の細胞内共生細菌ナルドネラはチロシン合成という単一の生物機能に特化した極小ゲノムを持ち、宿主の外骨格クチクラの形成に必須である、(2)チロシン合成系の最終段階を触媒する酵素遺伝子はナルドネラのゲノムにはなく、かわりに宿主の共生器官でアミノ基転移酵素が高発現している、(3)この宿主側のアミノ基転移酵素が共生器官におけるチロシン合成を制御している、(4)ナルドネラと宿主のゲノムや代謝レベルの高度な統合により、ゾウムシ類の共生器官は外骨格形成に必要なチロシン供給器官として機能している——といったことがわかった。

研究グループは今後、外骨格クチクラがよく発達し、共生細菌に成長、生存、繁殖などを依存している他の昆虫類についても、同様の共生関係が成立している可能性を検討するという。また、今回の研究成果が、クチクラ形成を標的とした新たな害虫防除技術の開発につながる可能性があり、そのような観点からの研究も展開していく予定だとしている。