日本医療研究開発機構は、疲弊した免疫細胞(T細胞)を若返らせ再活性化する技術を開発し、より効果的ながん治療へ応用することに成功したと発表した。

マウスの誘導性ステムセルメモリーT細胞(iTSCM)作成方法。まず未感作T細胞を分離後、T細胞の活性化を行った。4日後未分化T細胞は、ほぼすべて活性化T細胞に分化した。活性化T細胞をOP9-DL1ストローマ細胞と共培養を行ったところ、共培養12日後にステムセルメモリーT細胞様の細胞(iTSCM)が出現した。(出所:日本医療研究開発機構プレスリリース)

同研究は、慶應義塾大学医学部の吉村昭彦教授らと武田薬品工業の研究グループがAMED革新的先端研究開発支援事業の一環として行ったもので、同研究成果は英国時間5月22日に英科学雑誌「Nature Communications」のオンライン速報版に公開された。

がん患者の腫瘍組織などから分離したがんに特異的なT細胞を試験管内で大量培養し、患者へ再び戻す細胞移入療法はきわめて有用な治療法であると考えられているが、がん組織や試験管内で何度も刺激を受けることで、T細胞は疲弊状態に陥ってしまい、疲弊状態に陥ったT細胞を患者体内に戻しても、がん細胞を攻撃する力が弱く、十分な治療効果を得ることができないという問題を抱えていた。また、近年、メモリーT細胞の中に、幹細胞様メモリーT細胞(ステムセルメモリーT細胞=TSCM)という新たな細胞が発見された。TSCMは抗原による刺激をうけても疲弊状態にない若いT細胞で、寿命が長く、また再度の抗原刺激に対して素早く応答するので、がん治療やワクチンへの応用が期待されている。これまでに未感作T細胞に薬剤を用いてTSCMを誘導する方法は報告されているが、得られる細胞数は少なく、簡単なステップで、がんに特異的なTSCM細胞を大量に得る方法が求められていたということだ。

同研究グループは、効果的ながん特異的T細胞を用いた、細胞移入療法の確立をめざして、一旦活性化され疲弊したT細胞を未感作に近い状態(若返った状態)に戻す方法を探索した。その結果、活性化したT細胞をOP9-DL1と呼ばれるストローマ細胞と共培養すると活性化T細胞にNotchと呼ばれる特殊な刺激が入ることで、より未感作状態に近いT細胞が生まれることがわかった。この未感作状態に近いT細胞は、疲弊状態を示す免疫チェックポイント分子であるPD1とCTLA4の発現がほぼ消滅し、より若返った状態であった。このT細胞は、迅速に大量の活性化T細胞を生み出し、マウス体内において長期生存・自己複製する能力を示したという。これらの性質はステムセルメモリーT細胞によく似ており「誘導性ステムセルメモリーT細胞(iTSCM)」と名付けられた。

がんを患っているマウスにマウiTSCMを移入し、抗腫瘍効果を検討した結果、iTSCMを移入した群では、明らかにがんの増大を抑制し生存率が高かった。(出所:日本医療研究開発機構プレスリリース)

がんを認識するiTSCMを、がん細胞を移植したマウスに移入したところ、期待通り、他の種類のT細胞よりもきわめて強くがんの増大を抑制し、一部のマウスでは、がんの症状や兆候が見られなくなる完全寛解まで達したという。さらに、ヒト末梢血のメモリーT細胞から同じ方法でiTSCMを誘導できることもわかった。このヒトiTSCM細胞も疲弊状態を示すPD1やCTLA4の発現レベルが低下しており、再刺激でよく増殖するとともに、ウイルスによってがん化した細胞を攻撃する能力を持つことが確認された。

同研究成果は、より効果的な細胞移入療法によるがん治療法の開発につながるものと期待される。次の課題は、実際にヒト腫瘍内のT細胞からiTSCM細胞を作製し、対象となるがんを死滅させることができるかだが、すでにヒト化マウスを用いた実験ではヒトiTSCM細胞に強い抗腫瘍効果があることが確認されているという。また、同研究結果は、老化した細胞が条件によっては「若返る」可能性があることを示している。このメカニズムを明らかにできれば、体内で免疫システムだけでなく、神経細胞や生殖細胞など他種類の細胞も若返らせる方法の発見につながる可能性があるということだ。