東京工業大学科学技術創成研究院フロンティア材料研究所/元素戦略研究センター 大場史康教授

東京工業大学(東工大)は6月21日、マテリアルズ・インフォマティクスと実験の連携により、希少元素を使わずに赤く光る新窒化物半導体を発見したと発表した。

同成果は、東京工業大学科学技術創成研究院フロンティア材料研究所/元素戦略研究センター 大場史康教授、平松秀典准教授、細野秀雄教授、京都大学大学院工学研究科 日沼洋陽特定助教、田中功教授らの研究グループによるもので、6月21日付けの英国科学誌「Nature Communications」に掲載された。

計算科学、データ科学、合成・評価実験およびこれらを連携した手法により、膨大な数の物質の評価を行い、その結果に基づいて新物質や新機能を開拓することを目指した「マテリアルズ・インフォマティクス」が、米国をはじめ世界各国で盛んになりつつある。今回、同研究グループは、量子力学の基本原理に基づいた第一原理計算によるマテリアルズ・インフォマティクスと高圧合成実験を連携させることで、新たな窒化物半導体を探索した。

窒化物は半導体としての応用に適した電子・光学物性だけでなく、地球上に豊富に存在する窒素の化合物というメリットを持つ。しかし、現在実用化されている窒化物半導体は、緑色や青色、紫外線の発光ダイオードに用いられる窒化ガリウム(GaN)と、窒化インジウム(InN)または窒化アルミニウム(AlN)との固溶体にほぼ限定されている。GaN-InN固溶体では、赤色、黄色の発光デバイスや、太陽電池に必要な波長領域をカバーするのは困難であり、また、既存の赤色や黄色の発光ダイオードには、高コスト、希少、あるいは使い捨てや廃棄が容易でない元素が使用されているという課題があった。

そこで、同研究グループは、伝導キャリアの輸送に有利な電子構造の観点から、亜鉛(Zn)を含む3元系窒化物半導体に着目。既知および仮想的な物質を含む583種類の候補物質のリストを作成した。さらに、この候補物質を対象に、格子振動、3元系状態図における競合相に対する安定性や、バンドギャップ、有効質量などの基礎物性を条件に、計算スクリーニングを実行し、21種類の窒化物半導体を選定した。

第一原理計算を用いた窒化物半導体のスクリーニングの概念図。既知・仮想的な物質の結晶構造、安定性、特性を高精度に予測し、候補を絞った

計算スクリーニングにより選定された21種類の窒化物半導体。(I)既知の半導体。これらが的確に選ばれたことは今回のスクリーニング手法の妥当性が示されたといえる (II)合成の報告はあるものの、半導体としての応用が未開拓な物質 (III)合成の報告すらない新物質

このなかでも、CaZn2N2が、発光や吸光に適した直接遷移型のバンド構造を有しており、赤色の発光が期待できるバンドギャップ(1.8eV)であること、また類縁窒化物との固溶体化によりバンドギャップを1.6eV~3.3eVの範囲で制御可能であること、電子、正孔の有効質量が小さく電子や正孔の輸送に有利であること、p型とn型の両方にキャリアの制御が可能であることが計算結果から予想されたため、ICSD(無機結晶構造データベース)に未報告な新物質ではあるが、今回の合成実験のターゲットとなった。

合成実験のターゲットとなったCaZn2N2

東京工業大学科学技術創成研究院フロンティア材料研究所/元素戦略研究センター 細野秀雄教授

同研究グループは、1200℃、5.0GPaの高温・高圧条件下において高圧合成を実施。この結果、CaZn2N2相が得られ、結晶構造は計算により予測されたものと等しく、格子定数も0.3%の誤差で高精度に予測できていたことがわかった。また、バンドギャップの値も1.9eVと理論予測にほぼ一致する値に見積もられ、直接遷移型のバンド構造を示唆する急峻な光吸収スペクトルの立ち上がりと赤色発光を観測した。

同研究グループは、今回の成果について、窒化物半導体の応用の可能性を広げるだけでなく、マテリアルズ・インフォマティクスが今後、さまざまな分野の材料開発において有力な手法になることを示した結果であると説明している。また、細野教授は、「相平衡図にはないものであるうえ、希少元素を使っていない。また典型的なシリコンなどの半導体とは結晶構造がまったく違うもの。こんな化合物が世の中にあるとは思わなかった」とコメントしている。