レディースクリニック京野は4月27日、日本初となる「卵巣バンク」の設立を発表。日本産科婦人科学会からの承認を経て、5月の開設を目指している。卵巣バンクが開設されることによってどのようなメリットが想定できるのか、レディースクリニック京野の京野廣一理事長に話をうかがった。
卵子・受精卵凍結よりも広い選択が可能
開設される卵巣バンク「京野アートクリニック 卵巣バンク」は、早期に卵巣機能が損なわれる可能性のある患者を対象とし、本人の卵巣組織を凍結保存するというもの。保存する卵巣組織は他人に供与するものではなく、化学療法などの治療後や妊娠可能な年齢に達した際、患者自身に再移植するもので、将来的に妊孕(にんよう)性を温存する選択肢を提供することが目的となっている。
妊孕性を温存する方法としては他に卵子凍結や受精卵凍結があるが、卵巣凍結は未婚・既婚者ともに可能で、0歳~37歳以下(再移植は45歳未満)と適用年齢が早く、治療期間は2,3日間で済み、IVF・ICSI(体外受精・顕微授精)のほか自然妊娠も可能となる。なお、卵子凍結や受精卵凍結の場合、対象年齢は13歳以上(卵子凍結は未婚者で40歳まで、受精卵凍結は既婚者で45歳まで)、治療期間として2週間必要、受精・妊娠はIVF・ICSIとなる。
その一方で、卵子凍結と受精卵凍結であれば融解後の生存率は90%以上と高いが、卵巣凍結の場合は50~80%と低くなる。しかし、卵巣凍結であれば多数の卵胞を保存することが可能となるため、生存率の低さをカバーできるという。
若い時期から卵巣を保存できる
卵巣凍結は悪性腫瘍(乳がん・子宮けいがん・子宮体がん・卵巣がん・血液がんなど)の患者が対象であり、特に抗がん剤治療で閉経を早める可能性がある乳がん患者にとっては、卵巣凍結によるメリットは大きいだろう。また、乳がんに対するホルモン治療は5~10年続けるのが標準的であるため、年齢によっては妊娠・出産が難しいケースも想定される。なお、卵子凍結や受精卵凍結は白血病患者も対象としているが、白血病の場合は卵巣への侵襲(しんしゅう)が高いため、卵巣凍結は適用外とされている。
そうしたリスクに備え、比較的若い年代で卵巣凍結を選ぶという選択もできる。実際、デンマークで2010年に発表されたデータでは、卵巣凍結の年齢分布(0~40歳)を見てみると、25~30歳が一番多いことが分かっている。
実際、生殖医療先進国である欧州では、卵巣バンクはどのように展開されているのだろうか。2015年に発表された凍結融解卵巣組織の移植数が明確な海外4施設をまとめたデータでは、移植あたりの妊娠率は25%(20/80)という結果となった。
また、ヨーロッパやアジアで長く生殖補助医療の第一線で活躍しているilabcomm GmbHのマルクス・モンタークCEOのデータによると、74人の患者から卵巣凍結の再移植を95回行ったところ、21人が妊娠(妊娠率は28.4%)し、その後、16人が出産、ひとりが妊娠継続中、4人が流産となった。この16人の赤ちゃんに関しては健康状態に異常はないとしており、現在も継続的に健康状態をフォローアップしている。
患者・婦人科医・がん治療医それぞれにメリットを
現在、日本では卵巣凍結自体は実施されているが、日本がん・生殖医療学会によると、全国でも15程度と限られた医療機関でしか対応していない。こうした現状に対し、「京野アートクリニック 卵巣バンク」は卵巣摘出・移植ができる医療機関と卵巣凍結保存連携施設とが連携することで、患者・医療機関ともにより安全で効率的なシステムを生み出すことができるという。
卵子凍結に関しては、片側の卵巣摘出・移植自体へのハードルではなく、30年以上の長期間凍結保存を継続する負担・リスクの面から、卵巣組織凍結に対する技術的なハードルの方が高いと京野氏は言う。また、1拠点で保存した場合、地震などの災害時に保存を継続できるかという問題もある。そのため「京野アートクリニック 卵巣バンク」では、宮城(京野アートクリニック)・東京(京野アートクリニック高輪、杉山産婦人科)・関西(調整中)の3拠点(2016年4月27日現在)で連携した保存施設を展開する。
この卵巣凍結保存連携施設と、卵巣摘出・移植ができる医療機関13施設(2016年4月27日現在、東京・群馬・兵庫・沖縄・青森など)が提携することで、がん患者は地元でがん治療を受けながら卵巣凍結によって妊孕性を温存でき、婦人科医は卵巣摘出・移植の業務に専念でき、がん治療医はがん患者の治療に専念できる、などというシステムを構築することが可能となる。また、卵子凍結や受精卵凍結とは違い、卵巣凍結では自然妊娠も可能なため、妊婦にとっては身体への負担を軽減できる。
「京野アートクリニック 卵巣バンク」における卵巣凍結保存連携施設の料金は、1年間の保存費用も含めて初年は10万円程度を想定しており、翌年以降の料金については今後、検討していくという。現在、卵巣凍結保存連携施設として日本産科婦人科学会の倫理委員会に申請をしており、承認がおりてから開設となるが、5月中の開設を目指している。
京野氏は、「滋賀県では、がん患者が卵子や精子を凍結保存する際の費用を助成する制度を設けていますが、こうした取り組みを自治体としても支援していくことは大事だと思われます。また、日本全国のがん専門医・内視鏡専門医・生殖医療専門医・看護師・カウンセラー、そして自治体が協力できるネットワークづくりも、今後の課題と言えるでしょう」とコメントしている。