湘南ベルマーレは、21世紀初となる浦和レッズからの勝利を狙う

今シーズンの全日程が発表されたJリーグ。2年ぶりにJ1に復帰する湘南ベルマーレは、3月7日の開幕戦でホームに浦和レッズを迎える。実は昨年末の段階で、チョウ・キジェ監督は強豪レッズとの対戦を望んでいた。その真意はどこにあるのか。

指揮官の希望が具現化した開幕戦

声に出した言葉が現実の事象に対して、何らかの影響を与える。古代日本から「言葉に宿っている」と信じられてきた神秘的な力、いわゆる「言霊」の存在を感じずにはいられなかった。

1月中旬に全日程が発表された2015年シーズンのJ1リーグ。大きな注目を集める3月7日の開幕戦について、史上最速でのJ1復帰を果たしたベルマーレのチョウ監督が昨年12月上旬の段階でこんな希望を明かしていたからだ。

「ホームでやりたいね。最初に浦和とか。開幕戦がウチのホームで相手が浦和だったら最高だし、向こうは嫌がるだろうね」。

話しているうちに、4シーズン目の指揮を執ることがすでに決まっていたチョウ監督は「何だか浦和になりそうな気がする」と笑顔を浮かべながら声を弾ませてもいた。

果たして、ベルマーレの開幕戦の相手は昨シーズンの最終節で優勝を逃した悔しさを晴らさんと今オフに大量補強を敢行したレッズに、会場はホームのShonan BMWスタジアム平塚に決まった。

34分の1の確率を手繰り寄せた言霊

J2およびJ3を含めたJリーグのすべての日程は、『日程くん』という通称がつけられている専用のアプリケーションソフトウェア「Jリーグマッチスケジューラー」に、下記の主な条件を入力して自動的に作成されている。

(1)ホーム、アウェーともに3回連続して行わない

(2)開幕戦をホームで戦ったチームは、最終節をアウェーで戦う

(3)開幕から5節までのうち、必ず2試合以上をホームで戦う

(4)ゴールデンウイークや平日のホームゲーム数を均等にする

(5)スタジアムの使用可否などクラブからの要望を配慮する

今シーズンから2ステージ制を復活させるJ1だが、18チームがホーム&アウェーで対戦する形態は変わらない。開幕戦でレッズと当たる確率は17分の1で、さらにホームかアウェーのどちらかとなる。実に34分の1のカードを手繰り寄せたのだから「言霊」の存在を信じたくなる。

ベルマーレとレッズを結ぶ浅からぬ縁

ベルマーレとレッズには浅からぬ縁がある。チョウ監督のもとでJ1を戦った2013年シーズン。埼玉スタジアムに乗り込んだ4月14日の第6節で、0対2の完敗を喫した。

ゴール裏が真っ赤に染まった敵地の雰囲気に飲まれ、J1優勝経験をもつ「浦和レッズ」という名前の前に萎縮した揚げ句に自滅してしまった90分間。試合後のロッカールームで、指揮官は体を震わせながらこう訴えている。

「オレは絶対に引かないぞ」。

チョウ監督のもとで育まれてきた「湘南スタイル」は、「攻守の切り替えの早さで常に相手を圧倒する」「攻撃でも守備でも相手よりも人数をかける」「リスクを冒して縦パスを入れて攻撃のスイッチを入れる」――などを戦術的な特徴としている。

いずれも腰が引けて、チーム全体が自陣に下がり気味になっている状態では実践できない。別の戦い方を模索して後戻りすることも許されない。チョウ監督が発した「引かない」の意味を選手全員が共有し、J1の壁へ真っ向から挑み続けることを誓い合った。

「選手たちの成長に追いついていない」と涙した日

それから5カ月半後の9月28日。ホームにレッズを迎えた第27節で、ベルマーレは見違えるような戦いを披露した。前半18分に先制されたものの、持ち前の運動量と前への推進力でレッズを終始圧倒。後半30分と36分の連続ゴールで逆転し、1万3000人を超えた観客を熱狂させた。

しかし、逆転直後に退場者を出したことで流れが微妙に変わってしまう。アディショナルタイムに突入する直前に同点ゴールを奪われ、試合もそのまま引き分けた。

試合後のロッカールーム。チョウ監督は選手たちに頭を下げ、涙を流した。その理由をこう説明する。

「選手たちの成長に僕が追いついていない。もっと(自分の采配で)助けることができたと思うと、本当に申し訳ない」。

最終的にはJ1に残留することはかなわなかった。それでも、「湘南スタイル」に秘められた可能性を信じて、妥協することなく突き詰めていく姿勢は、2度のレッズ戦を触媒として不退転の覚悟へと昇華していた。

「湘南の暴れん坊」復活を証明する舞台

実際、あと一歩までレッズを追い詰めた一戦の映像を、チョウ監督は何度も見直してきた。リードを守り切ることよりも、追加点を奪ってダメを押すサッカーを追い求めていくためだ。その後の約1年半の間に、どれだけ成長することができたのか。レッズに真っ向から挑んだ先に必ず答えがある。開幕戦の相手にレッズを望んだ理由がここにある。

そして、以心伝心というべきか。日々の練習からJ1を想定して取り組み、「攻撃は最大の防御なり」を合言葉にJ2最多の86得点、最少の25失点をマークするなど、記録的な独走劇でJ1復帰を勝ち取った選手たちも「開幕戦の相手がレッズになれ」と念じてきた。

くだんのレッズ戦で一時は逆転となるゴールを決めた21歳のDF遠藤航も、3月7日の大一番へ向けて武者震いを覚えている一人だ。

「自分たちの力を証明するには一番いい相手だと思う」。

注目の開幕戦のキックオフは午後7時。NHKのBS1で生中継されることも決まった。チーム名が湘南ベルマーレに改称された2000年シーズン以降、レッズにはリーグ戦で1分け9敗と一度も勝っていない。世紀をまたいだ負の歴史に終止符を打ち、かつてのニックネーム「湘南の暴れん坊」の復活を全国のサッカーファンに告げるための舞台は整った。

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筆者プロフィール: 藤江直人(ふじえ なおと)

日本代表やJリーグなどのサッカーをメインとして、各種スポーツを鋭意取材中のフリーランスのノンフィクションライター。1964年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。スポーツ新聞記者時代は日本リーグ時代からカバーしたサッカーをはじめ、バルセロナ、アトランタの両夏季五輪、米ニューヨーク駐在員としてMLBを中心とするアメリカスポーツを幅広く取材。スポーツ雑誌編集などを経て2007年に独立し、現在に至る。Twitterのアカウントは「@GammoGooGoo」。