VAIO株式会社では、BtoBへの展開を、事業の柱のひとつに据えている。その戦略の背景には、VAIOが掲げる「本質+α」の基本姿勢が大きく作用しているといっていい。

同社では、PCの本質として、生産性、創造性のための道具を作るというモノづくりを目指している。つまり、これはビジネス領域での利用を強く想定したものだともいえるだろう。赤羽副社長は次のように語る。

「PCの本質である生産性、創造性という点では、BtoBの領域こそ、威力を発揮する。言い換えれば、PCの本質を追求する上では、BtoBへの提案が適しているともいえる」。

本質を追求すればするほど、BtoBへの展開は、避けては通れない道ということになるのだ。

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2006年11月1日に発表したビジネス用途向けVAIO type G

VAIOは、ソニー時代にも、何度かBtoB事業への取り組みを行っている。本格的にビジネス領域に展開したのは、2006年に発売した「VAIO typeG」が最初だ。

VAIOブランドのなかに、「企業向け」とするカテゴリーの製品を初めて用意。ビジネスで使用する際の堅牢性を実現するとともに、セキュリティ機能においても企業で求められる水準を実現してきた。

その後、ソニーマーケティングのなかに法人営業本部を設置し、VAIOの企業向け販売体制を強化。法人向け専用サイトを設置し、日立製作所が提供するPC向け管理ツール「Hitachi IT Operations Director」などのBtoB向け製品の提供を開始。さらに、ソニー・イーエムシーエスの湘南テックや安曇野テック内にキッティングを行うことができる設備を用意することで、法人向けに販売体制を整えることにも投資をしてきた。

そうしたソニーマーケティングの積極的なBtoBへの取り組み成果もあり、国内での企業導入は少しずつ成果をあげてきていた。昨今では、ソニー生命が、VAIO Duoシリーズを社員全員に導入。通常はPCモードで作業を行いながら、ユーザーのもとに出向いた際には、タブレットモードで保険の契約内容をわかりやすく説明し、契約時にはペンで電子署名をしてもらうといったように、新たなワークスタイルを実現した事例としても注目を集めていた。

また、ソニーが持つプロジェクターやビデオ会議システム、業務用蓄電池、デジタルカメラなどの製品群と組み合わせて、トータルソリューションとして提案するといった動きも見られていた。

さらに、ソニー時代には、「よく遊び、よく学び、よく働く」というコンセプトを掲げ、プライベートと仕事を両立する高性能PCという切り口から、SOHOや大学教授といった個人ユーザー、BYODとして利用できるユーザー層などにもビジネス利用を提案していった経緯がある。

2014年1月に行われた一般社団法人日本コンピュータシステム販売店協会(JCSSA)によるセミナーでは、ソニーマーケティングも製品の販売戦略を説明した

だが、VAIO全体に占めるBtoBの比率は決して高くはない。国内PC市場全体に占めるBtoBの構成比は約6割といわれるが、VAIOシリーズのBtoB比率は1割程度に留まっていた模様だ。

コンシューマ向けのイメージが先行したことで、企業でVAIOを導入するにはセキュリティ面で課題があるのではないか、という先入観が生まれていたことも、VAIOのBtoB利用が促進されなかった理由のひとつだといっていいだろう。

そのVAIOが、VAIO株式会社になったからといって、BtoB領域で果たして成功するのだろうか。

関取社長は、「かつては、BtoB市場をしっかりと見ていなかった反省がある。BtoB市場に最適な製品やサービス、戦略や戦術が作られていなかった」と前置きし、「日本では、ソニーマーケティングの法人営業部門が徐々に売り上げを伸ばしていたという成果も出始めていた。それを見ても、決して、VAIOが攻略できない市場ではない。BtoB市場に対して、製品や戦略が揃い、スピード感と実現力を失わずに対応できれば、勝算があると考えている」と自信をみせる。

新会社設立以降、VAIO社内では、ソニーマーケティングの協力を得ながら、BtoB市場の最新動向や、企業から求められるPCの仕様とはどういうものか、あるいはどんなニーズがあるのかといったことを学習するための社内勉強会を実施。BtoB市場に向けたモノづくりやコトづくりに、すでに取り組み始めているという。

VAIO株式会社が使用する安曇野のキッティング設備は、ソニーマーケティングが構築した設備を譲り受けたもの。これもBtoBに力を注ぐ上では重要な役割を果たすといえる。

では、VAIO株式会社は、どんな製品をBtoB市場に投入するつもりなのだろうか。その答えは、継続モデルとして、「VAIO Pro 11/13」および「VAIO Fit 15E」を選んだところにありそうだ。

7月1日のVAIO設立記者会見で明かされた最初の発売製品

このラインアップを見ると、BtoC市場でも高い人気を博したVAIO Pro 11/13をコンシューマ向けに展開。その一方で、スタンダードモデルとして、値ごろ感を打ち出すことができるVAIO Fit 15Eを、BtoB市場向けに投入したと考えることができるだろう。

だが、そこに本来の答えはない。狙いは別のところにある。

花里隆志執行役員は、「VAIO株式会社は、小さな規模でスタートするPCメーカー。製品を絞り込むことは当たり前。その上で、限られたリソースでは新たな市場を開拓するような製品を扱うことはできない。では、どんな製品を揃えるべきか。VAIO Duo 13やVAIO Fit Aシリーズ、VAIO Tap11/21といった製品は、むしろ新たな市場を開拓する位置づけを担う製品。これに対して、絞り込んだターゲットに対して、アプローチできる製品となるのが、VAIO Pro 11/13およびVAIO Fit 15E。これを、最初の製品に選んだ」とする。

VAIO花里隆志執行役員

VAIO Fit 15Eは、決してBtoB市場向けという選択のもとにラインアップしたわけではないのだ。そして、関取高行社長は、次のように補足する。

「BtoB向けにはVAIO Fit 15Eが売れているのではないか、と言われるが、これはまったくの誤解。やはり企業向けにもVAIO Pro 11/13の方が売れている」。

いわばVAIOらしい特徴を持った商品の方が、BtoBにも売れているというわけだ。

VAIO Pro 11/13は、コンシューマ向けに展開する狙いを持った製品ではなく、BtoB向けを狙った製品だ。つまり、今後も、こうした付加価値製品をBtoB市場向けに展開していく姿勢の表れだといっていい。

「BtoB市場に展開するためには、もっと安いモデルを作った方がいいのではないか、といったことを言われる。だが、我々は、富士通や東芝、レノボ、デルといったようなメーカーが展開しているエンタープライズ領域を攻めようとは思っていない。また、いまのVAIOにはそんな体力もない。個人で購入するが、仕事にも利用するので、ある程度高性能なPCが欲しいという場合、あるいは仕事に持ち歩くのであれば格好いい方がいい、というようなニーズに、VAIOを購入してもらいたいと考えている」と、関取社長。

花里執行役員も、「普及価格帯の製品が無くても、BtoB市場で十分戦えると考えている。VAIOは、PCの『本質+α』の製品だけで勝負したい。使う人に役立つツールという本質を持ちながら、表には出てこないような遊び心が潜んだPCでありたい」と異口同音に語る。

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関取社長は、静かに「パナソニックのLet'snoteをリスペクトしている」と漏らす。

パナソニックのLet'snoteはビジネスモバイルに特化したPCとして、兄弟モデルのTOUGHBOOKはフィールドモバイルに特化したPCとして、それぞれの分野においては圧倒的なシェアを持つ。堅牢性や長時間駆動、高性能を高い次元で両立。特に出張が多い日本のビジネスマンにとってレッツノートは欠かせない存在となっており、「新幹線シェア」と表現されるほど、出張中のビジネスマンが新幹線で利用している比率が高い。

そして、パナソニックのPCの年間出荷台数は、2013年度実績で72万台。ボリュームビジネスが基本となるPC事業において、この台数規模で着実に黒字化している点も見逃せないだろう。

特化した領域においてビジネスを成功させるという点では、今後のVAIOのBtoBビジネスと重なるところもあるのだろう。「ある特定のゾーンのお客様に突き刺さって、その市場はVAIOがごっそりと持っていけるようなことをやりたい」と関取社長は語る。

VAIOの関取高行社長

つまり、VAIOがBtoB市場で軸とするのは、付加価値製品だと、関取社長は考えている。国内販売総代理店契約を結ぶソニーマーケティングでも、BtoB向けには、安いVAIOは売れないと考えているようだ。

「VAIOらしいVAIOを作ってくれれば、BtoB市場にVAIOを売る自信がある」――。ソニーマーケティングは、VAIO株式会社に対してそう提案しているという。VAIOとソニーマーケティングでは、将来的には、5割程度にまでBtoB比率を高めていく考えのようだ。

その取り組みの柱のひとつになるのが、「VAIOフリーク」という提案。関取社長は、「BtoBでVAIOを使う人たちのイメージとはこういうものだ」といった姿を提示していきたいと考えている。それは次の製品投入にあわせて、なにかしらの形で発表されることになろう。

VAIOのBtoBの提案は、これまでのPCメーカーが投入した企業向けPCとは異なる、VAIOならではの提案になりそうである。