身近にあふれている圧電体の基本特性が60年の時を経てようやくわかった。最も広く使われている圧電体のチタン酸ジルコン酸鉛の単結晶膜を作製し、その電気的エネルギーと機械的エネルギーの変換係数を直接測ることに、東京工業大学大学院総合理工学研究科の舟窪浩教授、物質・材料研究機構の坂田修身・高輝度放射光ステーション長、名古屋大学大学院工学研究科の山田智明准教授らが初めて成功した。圧電体を改良したり、開発したりする重要な手がかりになりそうだ。7月9日付の米物理学誌Applied Physics Lettersのオンライン版に発表した。
圧電体は、電気信号で構造が変化する性質を生かして、ガスコンロの着火器やインクジェットプリンターのマイクロデバイスなどの動力源として活用されている。電気的エネルギーと機械的エネルギーを互いに変換する小さなデバイスの主役が圧電体の結晶である。実用化されているチタン酸ジルコン酸鉛は、電気信号によって構造が複雑に変形するため、これまで広く使用されているにもかかわらず、電気的エネルギーと機械的エネルギーの変換係数という最も基本的な特性が明らかになっていなかった。
基本特性を測るには、従来の多結晶では無理で、方向がそろった単結晶が必要だった。研究グループはまず、チタン酸ジルコン酸鉛を蛍石の基板の上で合成する方法で、その単結晶膜を世界で初めて作製した。また、坂田修身・高輝度放射光ステーション長らと共同で工夫して数年かけ、格子ひずみと電気分極を測定する装置を作り上げた。この装置を用いて、大型放射光施設の SPring-8(兵庫県作用町)で、単結晶膜の試料に高速電気信号を加えた時の結晶格子の伸びを観察した。
その結果、1億分の2秒(20ナノ秒)以下という極めて短時間の結晶格子のひずみを直接観測した。結晶の伸び量と電気分極量の2乗の変化の間に直線関係が得られ、その傾きから、電気的エネルギーと機械的エネルギーの変換係数を初めて捉えることに成功した。その係数は理論値とほぼ一致した。米国で1954年に大きな圧電性が発見されて以来、正確な基本特性の数値がわからないまま、使いやすい圧電体として世界中で普及していたチタン酸ジルコン酸鉛の60年間の基本問題をついに解いた。
研究グループの舟窪浩教授は「単結晶のチタン酸ジルコン酸鉛に200ナノ秒ごとのパルス電圧を加えて、結晶格子のひずみを直接、高速測定し、疑いようのないデータを示すことができた。精確な変換係数がわかったので、有毒な鉛を含まない圧電体の開発や、デバイスの設計などの指針になる。また変換が高速で起きていることから、高速のエネルギー変換にも使える見通しが得られた」と研究の意義を強調している。