東京工業大学(東工大)、東京大学、上智大学の3者は5月27日、光触媒「二酸化チタン(TiO2)」結晶の表面における「光励起キャリア」の振る舞いをリアルタイムで観察し、「キャリア(電子と正孔)寿命」が触媒活性を決定する重要な因子であることを発見したと共同で発表した。

成果は、東京大学 物性研究所の松田巌 准教授、同・山本達 助教、東工大大学院 理工学研究科の小澤健一助教、上智大理工学部の坂間弘教授らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、5月16日付けで米化学会発行の速報誌「The Journal of Physical Chemistry Letters」オンライン版に掲載された。

光触媒とは、光照射下で化学反応を促進する物質で、自身は反応前後で変化しないという特徴を持ち、「バンドギャップ」(結晶のバンド構造において、電子が存在できない領域(禁制帯)のことをいう)を持つ半導体の一部が光触媒作用を示すことで知られる。そして光触媒の1種であるTiO2には、「ルチル型」と「アナターゼ型」の2種類がある。

この内のアナターゼ型はルチル型より触媒活性が高い()ことが知られているが、その違いを生み出す要因は不明だった。光触媒活性は、光吸収により形成されたキャリアが結晶表面に到達して分子と相互作用する過程と、キャリアが表面に到達する前に再結合して消滅する過程の2つの競争によって決まる。このことから、光励起キャリアが生成してから消滅するまでの時間=「キャリア寿命」が長いほど前者の過程が優勢になり、光触媒活性は高くなることが予想されるという。ちなみに、キャリアは電子と正孔が再結合することで消滅する。

なお、TiO2結晶内部における「光励起キャリア」の振る舞いについては、これまで多くの研究が行われて知見が得られてきた。なお、光励起キャリアとは、励起電子と「価電子バンド」(原子の最外殻の電子殻(電子の軌道)を回っている電子によって満たされたエネルギーバンドのこと)の「正孔」(電子が抜けた孔)の総称をいう。

それに対し、光触媒反応に関与する結晶表面のキャリアを研究した例はほとんどないそうである。その理由は、結晶表面という限定された領域にいるキャリアが少ないこと、およびそれを検証する実験手法が限られていたためだという。しかし、TiO2結晶表面で光触媒反応がどのように進行するか、またルチル型とアナターゼ型の光触媒活性がなぜ異なるのかを明らかにするためには、結晶表面のキャリアを直接評価する必要があるとした。

そこで研究チームは今回、半導体に特有な現象として知られている「表面光起電力(SPV)効果」に着目。SPVの測定からTiO2結晶表面の光励起キャリアを評価する方法が採用された。表面光起電力とは、表面ポテンシャルのある半導体表面で光励起キャリアが生成すると、ポテンシャルの電場勾配に沿ってキャリアが移動して結晶表面と内部の電荷のバランスに偏りが生じ、その結果として発生する電位のことをいう(画像1)。

SPVの大きさは表面に到達した光励起キャリアの数に比例し、TiO2表面の価電子バンドや「内殻準位」のエネルギー位置に反映される。従って、「光電子分光法」によりこれらのエネルギー位置やその時間変化を追うことで、光励起キャリアの情報を得られるのである。ちなみに光電子分光法とは、金属や半導体などの固体に紫外光以上のエネルギーを持つ光を照射すると電子=「光電子」が放出されるが、その速度や放出される方向を分析することで固体表面の電子構造を知る実験法のことをいう。

実用光触媒はルチル型、アナターゼ型ともに、数~数10nmの微結晶を用いられているが、今回は実験の再現性を保証するために単結晶TiO2が用いられた。この表面の価電子バンドのエネルギー位置が検証されたところ、ルチル型とアナターゼ型のどちらの表面でも、価電子バンドは結晶内部のバンドに比べてエネルギー的に深いところに位置することが確認された(画像2)。このような表面で光励起キャリアが発生すると、電子は結晶表面に、正孔は結晶内部に移動してSPVが発生する仕組みである(画像1)。

画像1(左):SPV効果の模式図。光励起キャリアがポテンシャル勾配に沿って結晶表面と結晶内部に分離することでSPVが発生する。緑、赤のシートは光照射前後でのポテンシャル勾配を示す。画像2(右):アナターゼ型TiO2とルチル型TiO2結晶表面の電子構造の模式図

そしてSPVの時間変化を観測した結果が画像3と4だ。ルチル型とアナターゼ型TiO2表面ともに、光励起キャリア発生(時間0)からの時間経過と共にSPVが小さくなる。これは、光励起直後に表面に移動した電子が、結晶内部から遅れて表面に移動してきた正孔と再結合して消滅していることを示すという(画像1)。

光電子分光測定により得られたTiO2結晶表面の内殻準位ピーク(画像3(左))と、ピークエネルギーのシフト量から評価したSPVの時間変化(画像4(右))。光照射の瞬間を時間0とし、照射後の経過時間に依存したSPV効果の減衰を追ったものだ。熱電子放出モデルによる再現曲線が画像4の実線で示されている

電荷キャリアが結晶内部から表面に移動する場合、結晶表面で電子や正孔の移動の妨げになるエネルギー障壁、つまり「表面ポテンシャル障壁」を乗り越える必要がある。今回の2つのTiO2結晶表面では、正孔に対する表面ポテンシャル障壁が形成されており、その高さはアナターゼ型で0.2eV、ルチル型では0.4eVだった(画像2)。「熱電子放出モデル」を適応してSPVの時間変化を解析すると、ポテンシャル障壁がある時の光励起キャリアの寿命を求められる。なお熱電子放出モデルとは、半導体結晶表面にポテンシャル障壁がある場合、ポテンシャル障壁より高いエネルギーを持つキャリアのみが結晶内部から表面に移動できるとするモデルのことをいう。

この解析に基づいて計算が行われた結果、アナターゼ型のキャリア寿命は50ナノ秒、ルチル型では180ナノ秒となった。キャリアの寿命の長さが光触媒活性と相関があるならば、この結果はアナターゼ型が高活性である事実から予想される結果と相容れない。ところが、キャリア寿命に及ぼすポテンシャル障壁の影響を考えると、キャリア寿命が逆転することが判明した。

表面ポテンシャル障壁は、結晶表面の化学状態(表面にどのような分子がどのくらい吸着しているのか、結晶表面に格子欠陥があるか)に敏感に応答する。従って、ポテンシャル障壁の高さがゼロの時のキャリア寿命は、表面の化学状態に依存しない物理量として重要だという。

熱電子放出モデルの解析からはポテンシャル障壁がない時のキャリア寿命も求められ、アナターゼ型で0.25ナノ秒、ルチル型では0.020ナノ秒となった。これが結晶表面に固有のキャリア寿命といえるとし、アナターゼ型の固有のキャリア寿命は13倍もルチル型より長いことが明らかとなったのである。

さらに重要だとするのが、同じ高さのポテンシャル障壁を持つ場合にはアナターゼ型のキャリア寿命はルチル型より常に長いこと、アナターゼ型TiO2表面のポテンシャル障壁がルチル型より0.15eV以上大きくならないとキャリア寿命の逆転が起こらないことだという(画像5)。これは、アナターゼ型のキャリア寿命はルチル型より長くなる傾向が強いことを意味するとした。

光触媒活性は、光励起キャリアが結晶表面に滞在する時間が長いほど高くなる。今回の研究から得られた結果は、アナターゼ型TiO2がルチル型TiO2より光触媒活性が高いという事実をキャリア寿命の観点から証明する初めての直接証拠だとした。

今回の研究で得られた重要な知見の1つは、光励起キャリアの表面への移動速度が表面ポテンシャル障壁に強く依存するという点だという。キャリア寿命がTiO2の光触媒活性を左右する重要なパラメータの1つであり、表面ポテンシャル障壁がTiO2表面の化学状態により制御できることを考慮すると、光触媒活性を表面の化学処理で制御できることが原理的には可能になる。このことは、目的とする化学反応に応じて最適なキャリア寿命を持つ光触媒を設計できることを示唆しており、触媒設計開発に新たな指針を与えるものであるとした。