東北大学は3月7日、生体画像診断および工業製品の非破壊検査機器への本格的な実用化が期待されるX線タルボ干渉計用のX線格子を、金属ガラスのインプリント技術で作製し、実際にこれを用いて樹脂内部を観察できることを証明したと発表した。

同成果は、同大 金属材料研究所の加藤秀実准教授、同大 多元物質科学研究所の矢代航准教授、百生敦教授らによるもの。詳細は、日本応用物理学会レター誌「Applied Physics Express」に掲載される。また、3月23日に東京工業大学 大岡山キャンパスで開催される「日本金属学会 2014 春期大会」にて発表される。

1895年にレントゲンによりX線が発見されて以来、硬X線は物体内部を観察するためのツールとして広く利用されてきた。現在、広く社会に普及しているX線撮像装置の多くは、本質的には100年以上前と同様の方法で、物質に依存して生じるX線吸収の差異を利用したもの(吸収コントラスト)である。同方式では、軽元素で構成される弱吸収物体には感度が不十分という問題があったが、これを解決する方法として、1990年代に電磁波であるX線が物体を透過したときに生じる位相シフトを利用するいくつかの方法が提案され、大きなブレイクスルーをもたらした。X線の位相シフトの相互作用断面積は、吸収に比べて数桁(軽元素に対しては約3桁)も大きいため、吸収では区別できない内部構造でも位相イメージングでは十分なコントラストが実現できる。

当初、位相イメージングはシンクロトロン放射光源など大規模な施設を利用する方法が主だったが、最近、実験室X線源(連続X線、球面波)でも機能するX線タルボ干渉計あるいはX線タルボ・ロー干渉計が世界的に注目されており、リウマチ、乳がんなどの医療診断機器や、工業用非破壊検査機器の開発に向けて、激しい競争が繰り広げられている。同技術の撮像視野は干渉計で使用する吸収型X線格子の面積で決まる。しかし、本格的な応用を考えた場合、高アスペクト比の大面積X線格子の作製方法、およびコストが課題となっている。そこで、従来の製作法であるX線リソグラフィあるいはディープエッチング、およびメッキ法に加え、新たなアプローチの模索も必要となっていた。この中で、インプリント法は製造装置が簡便で、製造時間も短縮できる可能性があり、重要技術の1つとして挙げられている。インプリント成形は、被加工材料を水飴状態の過冷却液体にして転写を行うため、金属系材料には、過冷却液体の熱的安定性が高い金属ガラスが主に用いられ、数十nmの超精密加工が可能となっている。

図1 Pd-Cu-Ni-P系金属ガラス表面に転写して掘られた円形状ナノパターンの拡大走査電子顕微鏡像(1つの穴の直径は約20nm)

金属ガラスのインプリント技術を用いたX線格子の作製プロセスでは、誘導結合プラズマエッチング法により、シリコン表面に深さ10μmの格子パターンを8μm間隔で作製し、シリコン製金型とする。その後、Pd:Ni:Cu:P=42.5:7.5:30:20(原子数比)で含有する金属ガラス薄帯を不活性雰囲気中で330℃まで加熱して水飴状にし、40MPaの圧力で100秒間、シリコン製金型に押し付けた後に、これを室温まで冷却する。その後、これを水酸化ナトリウム水溶液に浸漬してシリコン製金型のみを溶出し、水洗・乾燥作業を経て、金属ガラス製X線格子を得る。

図2 金属ガラスのインプリント技術を用いたX線格子の作製プロセスを示す模式図

図3は、作製したシリコン製金型および金属ガラス製X線格子の走査型電子顕微鏡写真。図3(b)-(d)で、金属ガラス表面の広い領域にわたって、シリコン製金型の表面が均一、かつ正確に再現されていることがわかる。金型作製時に生じた金型側壁面の波状模様に至るまで正確に転写されている。

図3 (a)シリコン製金型、(b)-(d)インプリント技術により作製した金属ガラス製X線格子の走査電子顕微鏡像

この金属ガラス製X線格子を用いたX線位相イメージングが、図4のようなセットアップを用いて行われた。図5はこのセットアップで得られた画像である。図5(a)は試料がないときのモアレ縞の画像で、縞模様が直線に近いことから、作製された格子のゆがみが非常に小さいことが分かる。図5(b)は不透明なプラスティック試料(直径2.4mmポリアセタール樹脂球)を挿入したときに得られたモアレ縞の画像で、試料の挿入によって生じたモアレ縞のわずかなゆがみは、試料によってX線が屈折され、X線の進行方向が変化したことに起因している。このように、同方法では、試料による屈折によって生じるX線の進行方向のわずかな変化を敏感に捉えることで、通常のレントゲン写真よりもはるかに高感度な撮影が実現できる。図5(c)は、図5(b)のようなモアレ縞画像を、条件を変えて複数枚撮影し、画像演算を行うことによって得られるX線の屈折角分布(微分位相像)に相当する画像。試料内部の空洞がはっきりと描出できているのが分かる。これらのように、今回の方法で作製した金属ガラス格子を用いて、実際にX線位相イメージングが可能であることが実証された。

図4 X線位相イメージング用セットアップ。G2で示した金属ガラスX線格子が今回の開発部材

図5 X線位相イメージングによって撮影したイメージ。(a):容器のみの場合のモアレ画像、(b):容器内に不透明球状樹脂試料がある場合のモアレ画像、(c):(a)および(b)より得られた微分位相像。球状樹脂内中心付近に気孔が存在していることがわかる

今後は、より明瞭なイメージコントラストを得るために、さらに高いアスペクト比を有するX線格子のインプリント条件の開発が求められる。今回の研究では、シリコン製金型を溶出除去して金属ガラスX線格子を得ているが、量産効率を考えれば、インプリント後に金属ガラスを金型から離型し、この金型を再利用する検討が必要となる。また、中性子タルボ干渉計あるいはタルボ・ロー干渉計を構築することにより、磁区構造の可視化など、X線位相イメージングにはない特徴を有する中性子位相イメージングが可能となるため、中性子吸収係数の大きいガドリニウムなどの金属を多く含む金属ガラスを用いて、同様に回折格子を開発することが望まれるとコメントしている。