北海道大学(北大)は3月6日、ヒトが他人から親切にされると、その親切を別の他人へを送るといった、匿名の寄付や献血といった見返りが期待できない協力行動の源泉の1つであるとされる利他的行動の連鎖「恩送り」が普遍的に発生する理由として、他者への共感から生じている可能性が高いことを突き止めたと発表した。

同成果は同大の増田直紀 准教授(当時・東京大学、現・ブリストル大学)、渡部喬光 特任助教(当時・東京大学、現・ロンドン大学)、北大 社会科学実験研究センターの竹澤正哲 准教授らによるもの。詳細は「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。

ヒトはしばしば、協力しても直接的な見返りが期待できない他者に協力をすることがあり(間接互恵)、この行動には2つの型があることが知られている。

1つ目は、「個人の評判に基づくもの」で、いわゆる「情けは人のためならず」ということで、第3者に良い評判が高まっていくことで、最終的に自分の利益となるというものだ。2つ目は、そうした評価をする第3者が居らず、かつ将来、自分に見返りをもたらすことがなさそうな相手に対しても協力する「恩送り」で、そうした連鎖的な利他的行動が、匿名の寄付や献血など見返りが期待できない協力行動を生み出す仕組みの1つであると考えられてきたが、評判型の間接互恵と違い、恩送りは自分の利益にはつながらないにも関わらず、相当な数の行動が普遍的に観察されるのかは、これまで理論的にも実験的にも明らかにされていなかった。

2種類の間接互恵

今回、研究グループはこの謎の解明に向け、「機能的脳機能画像法(fMRI)」と「集団行動実験」を組み合わせ、恩送りを支えている脳のメカニズムの調査を行ったという。

具体的には、40人以上の参加者からなる集団実験で集積したデータをもとにfMRI実験において恩送りを再現し、連鎖的協力行動を支える脳活動の測定を実施。また、比較として、評判型の協力行動が行われている際の脳活動の測定も実施したという。

その結果、恩送り型の協力行動では主に他者への感情的な共感に関わっているとされる「前島皮質」と呼ばれる脳部位が、一方の評判型の協力行動では論理的な推論や自らの損得の推測に関わっているとされる「背側楔前部」と呼ばれる脳部位がそれぞれ特異的に活動していることが確認された。

各個人が協力行動を行う度合いと脳活動の関係。☓は1人の人を表す

また、脳で計算される報酬を実際の行動に結びつけるとされる「尾状核」と呼ばれる脳部位は、両方の協力行動で活動していることも確認され、これらの結果から、評判型の協力行動と異なり、恩送りでは他者への感情的な共感が何らかの報酬と捉えられ、自分に金銭や評判の形では利益をもたらさない恩送り行動を引き起こしていることが示唆されたという。

協力行動と安静時機能的結合との関係

灰白質の厚さと協力行動との関係

さらに、安静時に測定された前島皮質と尾状核との間の機能的結合が強い人や、前島皮質が厚い人は、恩送りを多く行う傾向があることも確認されており、研究グループではこれらの結果について、「恩送りが生じるためには、共感に関わるとされる前島皮質を活動させることが重要であること」、すなわち恩送りが、他者への共感によって発生していることを示唆するものだと説明している。

今回の研究から示唆された2種類の間接互恵のメカニズム

なお、今回の成果について研究グループでは、これまで理論的にもその安定性が説明しづらかった恩送り型の協力行動の発生機序や、それが社会で広く発生している理由を知るための手がかりになると考えられると説明するほか、このような間接互恵に基づく協力的な社会を設計するための一助となることも期待されるとしている。