図1. べん毛モーターの模式図

大腸菌のべん毛を水素イオンとナトリウムイオンの両方で動かすことに、法政大学生命科学部の曽和義幸(そわ・よしゆき)専任講師らが初めて成功し、2月17日の米国科学アカデミー紀要オンライン版で発表した。名古屋大学理学研究科の本間道夫教授、東北大学多元物質科学研究所の石島秋彦教授、オックスフォード大学のリチャード・ベリー講師との共同研究。遺伝子改変でミクロの「ハイブリッドモーター」を作製したもので、生物が持つ巧みな運動器官であるべん毛の回転力を解明する新しい手がかりとなる。また、人工的なナノマシン設計のヒントにもなる成果だ。

図2. ハイブリッドエネルギー型モーター

細胞に生える毛のようなべん毛は、水中で動いていくのに必要な推進力を生み出す運動器官として注目され、長年研究されてきた。スクリューのように回転して泳いで、細菌はより良い環境に移動していく。その根元の細胞膜に埋まっている直径45ナノメートル(ナノは10億分の1)のモーターによって回転する。このべん毛は毎分2万回転して、F1カーのエンジンにも匹敵しながら、瞬時に方向転換もできる高性能ナノマシンといえる。
このべん毛モーターが実際のモーターに似た構造を持つことはこれまでの研究で解析されている。回転のエネルギーは、細胞外から流れ込む水素やナトリウムのイオンの流れを使っている。大腸菌のべん毛では、水素イオンチャンネルが駆動力の源泉で、ひとつのべん毛当たり約10個のチャンネルが存在する。チャンネルはタンパク質で、菌の遺伝子から作られる。

曽和講師らは、大腸菌にナトリウムイオンチャンネルの遺伝子を組み込み、水素イオンチャンネルと両方を持つように遺伝子を改変した。本来の水素イオンに加えて、ナトリウムのイオンも利用できる「ハイブリッドモーター」を作り出した。このハイブリッドが動くときには、それぞれのチャンネルが細胞外の水素とナトリウムのイオンを細胞内に流し込んで回転していることを確かめた。両方のチャンネルで回転力の特性は異なるが、同時に作用する際は、互いに干渉することなく、力を合わせて加算的に作用していた。

生物は環境に適応する。水素イオンが高い酸性などの環境では、本来の水素イオンが大きな力を発揮し、逆に塩分などナトリウムイオンに富む環境では、ナトリウムイオンチャンネルが駆動力の主役になっていた。遺伝子改変の大腸菌がさらされる環境の違いによって、モーターの駆動力となるチャンネルがダイナミックに入れ替わって再配置していた。車のハイブリッド顔負けの最適化の仕組みを備えていたのだ。

曽和さんは「水素とナトリウムの両方のべん毛チャンネルを持つ細菌の存在がここ数年わかってきた。自然界でも、同じようなハイブリッドモーターがあって、巧妙な調節をしているのではないか。環境に自動的に対応できるオートマチックギアのようだ。そうしたハイブリッドモーターを細菌が使えるのは興味深い」と話している。