北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)と筑波大学は2月14日、遺伝子組み換えをした微生物から得られるシナモン類に光化学的手法を用いて、高耐熱性のバイオプラスチックを開発したと発表した。

同成果は、JAIST マテリアルサイエンス研究科の金子達雄准教授と筑波大学 生命環境系の高谷直樹教授らによるもの。詳細は、アメリカ化学会誌「Macromolecules」のオンライン版に掲載される予定。

バイオプラスチックは、材料中にCO2を長期間固定できる種類もあり、持続的低炭素社会の構築に有効であるとされているが、バイオプラスチックのほとんどは柔軟なポリエステルで耐熱性や力学物性が劣るため、用途が限られ、主に使い捨て分野で使用されているのが現状である。例えば、ポリ乳酸は代表的なバイオポリエステルだが、その主骨格は一般的な工業用プラスチックに用いられる高分子に比べて柔軟であり、そのガラス転移温度(Tg)は60℃程度と他のプラスチックに比べて低い。この課題と解決するために強化剤の添加や結晶化処理などをした材料が使われてきたが、根本的なTgの上昇には至っていない。

研究グループはこれまで、剛直な構造の桂皮酸(シナモン系分子)から得られるバイオポリエステルにガラス繊維を混ぜ込むことで、305℃の耐熱温度を持つバイオプラスチックを作成してきた。しかし、"銅食われ"対策用の高性能鉛フリーはんだの融点を超えるものではなく、また自動車エンジン周りで使用できるレベルの低い線熱膨張係数(250℃までで50ppm/K以下)を持つものではなかった。

しかし、樹脂などの高分子系材料は、金属に比べて軽く、軽量化などに繋がる他、リサイクルが可能なため、金属部品の代替材料として自動車分野での注目度合いは高くなってきている。特に、ハイブリッド車や電気自動車では、エンジンからモータへの転用により部品への要求耐熱条件が下がり、金属材料はあまり使われなくなりつつある。将来的に、剛直構造で高性能なスーパーエンジニアリングプラスチック(スーパーエンプラ)を微生物から開発し金属部品を代替できれば、生産時のCO2固定化と自動車の軽量化によって、大規模なCO2排出の削減に繋がる。

今回、天然にはほとんど存在しないシナモン類であるアミノ桂皮酸(特別な放線菌が作る抗生物質に含まれる)を大腸菌で生産する手法を開発した。同物質は、石油化学的にも生産できるが工程数が多く、約10万円/kgと高価だ。これに対し、今回採用した遺伝子工学的手法で作成すれば、食品添加物並みの約2000~4000円/kgになると予想されたほか、同物質に光を照射し、化学重合することで耐熱温度が390~420℃という高耐熱なポリイミドが得られたという。この値は、高性能鉛フリーはんだの融点(最高378℃)超えるものであり、電装部品でバイオ由来材料への変換が可能となる。同時に、エンジン周りの耐用温度である250℃までの線熱膨張係数が金属並みの40ppm/K以下を達成している。加えて、高い透過率の他、紫外線分解性、自己消火性などの特殊な機能も有していることが分かった。

作成方法は、まず遺伝子工学的技術を用いて、大腸菌をpapABCとPALという変換酵素の遺伝子群で操作し、適切な条件で培養する。これにより、天然にはほとんど存在しない4-アミノ桂皮酸を微生物生産できる。次に、4-アミノ桂皮酸を塩酸塩化した後、高圧水銀灯で照射することにより、光二量化し4,4'-ジアミノトルキシリン酸という芳香族ジアミンを得た。これをモノマー材料として用い、様々なテトラカルボン酸二無水物と反応させて各種ポリアミド酸を得た。さらに、これらをキャスト法によりフィルム化して150~250℃の真空下で加熱処理することにより、6種類のポリイミドフィルムを得た。

具体的な成果としては、大きく3つ挙げられる。1つ目は、天然には微量にしか存在しない4-アミノ桂皮酸を遺伝子組み換え大腸菌から産出する条件を確立したこと。4-アミノ桂皮酸は、抗生物質の構成要素として特殊な菌(放線菌)が産生することが知られているが、大腸菌を用いた高効率な生産方法や条件は見つかっていなかった。そこで、一般に甘味料のアスパルテームの合成の際に使用される生合成経路であるシキミ酸経路を、papABCとPALという遺伝子群を用いた遺伝子組み換えにより制御(ATは大腸菌が持つ遺伝子)し、図1の中央から右に向かって反応するように誘導した。その結果、芳香族アミンである4-アミノフェニルアラニン(4APhe)の生産と4Pheの4-アミノ桂皮酸(4ACA)への変換が可能なことが判明した。

図1 (左)天然中に含まれる4-アミノ桂皮酸の形態と、大腸菌中での4-アミノ桂皮酸の合成ルート(グルコースから4-アミノ桂皮酸を合成する経路を確定)

図2 得られた4-アミノフェニルアラニン(4APhe)と4-アミノ桂皮酸(4ACA)のHPLCクロマトグラム

2つ目は、微生物から得ることが極めて困難な芳香族ジアミンを紫外線を利用して合成したこと。芳香族アミン類は、一般に微生物に対する毒性が高いためにその微生物生産は困難であり、アミノ基の2つ置換された芳香族ジアミン類も微生物生産されたことがこれまでなかった。一方で、この芳香族ジアミンはポリイミド開発において必須のモノマーである。これまでバイオポリイミドが開発することができなかった根本的な理由はここにある。そこで、桂皮酸の光二量化という極めて効率の高い反応を利用した。1つ目の方法で生産できる4-アミノ桂皮酸を塩酸塩状態で紫外線照射を行うと、ほぼ100%の変換効率で4,4'-ジアミノトルキシリン酸が得られることが分かり、これをエステル化することで、芳香族ジアミンとして利用できることを見出したという。

図3 4-アミノ桂皮酸からの4-アミノトルキシリン酸ジメチルまたはジエチルの光反応による合成ルート

3つ目は、最も高耐熱のバイオプラスチックを分子設計を実現したこと。2つ目の成果であるバイオモノマーの芳香族ジアミンと種々のカルボン酸類を反応させることで6種類のポリイミドを合成した。中でも、Pl-1と記述したポリイミドで用いたカルボン酸類である1,2,3,4-シクロブタンテトラカルボン酸二無水物も天然分子であるマレイン酸の光二量化により得られることを確認したため、同材料は完全なバイオポリイミドであることが分かった。Pl-1の物性は、10%重量減少温度が390℃、引っ張り強度が75MPa、ヤング率が10GPa、屈折率が1.60、光透過率が88%(波長450nm)、線熱膨張係数が40ppm/K以下。ガラス転移温度は350℃以下で観察されなかった。これらから、同材料の耐熱温度は390℃と分かった。ヤング率および引っ張り強度も実用に耐えるには十分に高い値であり、透明プラスチックの中でも高いレベルを示している。

図4 図3で得られたバイオ由来芳香族ジアミンと各種テトラカルボン酸二無水物との重縮合によるポリアミド酸およびポリイミドの合成ルート

一方で、その他のポリイミドは部分的にバイオベースのポリイミドである。これらのバイオポリイミドの物性を調べたところ、10%重量減少温度が394~425℃、引っ張り強度が71~98MPa、ヤング率が4.3~13.4GPa、屈折率が1.64~1.65、光透過率が50~86%(波長450nm)、ガラス転移温度が240℃以上、線熱膨張係数が80ppm/K以下~20ppm/K以下という数値となった。中でも、Pl-2とPl-6は透明度80%以上と耐熱温度425℃を確保した優れた透明材料であり、比較的高い屈折率も持つ。さらに、これらのポリイミドに播種した細胞は死滅せず大きく伸展する様子が見られ高い細胞適合性を持つことも分かった。また、難燃性(自己消火性)、紫外線分解性を持つことも確認された。

図5 (左)バイオポリイミドフィルムPl-1、高い透明性を有する。(中央)従来の石油由来でできたポリイミドのカプトン。(右)バイオポリイミドに播種したL929マウス線維芽細胞、フィルム上で良く伸展することが確認されている

今回の成果により、4-アミノ桂皮酸の二量体である4,4'-ジアミノトルキシリン酸がバイオ由来芳香族ジアミンモノマーとして有効であることが証明された。今後、研究グループでは、この芳香族ジアミンと他の種々のカルボン酸誘導体を反応させることでポリイミドだけでなく、他の様々な高耐熱バイオプラスチックを合成していく計画。また、自動車部品などの金属やガラスを代替する物質として設計する予定。この他、今回のバイオポリイミドは高耐熱で高ヤング率を持つだけでなく透明性も高いことが分かったため、レンズやガラス代替材料などの透明素材として有効利用できると考えられる。さらに、運送機器の軽量化によるCO2排出量の削減、産業廃棄物の削減など、様々な効果や展開が期待できるとコメントしている。