理化学研究所(理研)は2月7日、アミノ酸配列が通常のヒストンと異なる「異型ヒストン」を「iPS細胞(人工多能性幹細胞)」の作製に用いると、核移植に似たメカニズムを介して、iPS細胞の作製効率が約20倍上昇できることを発見したと発表した。

同成果は、理研石井分子遺伝学研究室の品川敏恵専任研究員と石井俊輔上席研究員、および理研バイオリソースセンター、理研放射光科学総合研究センター、東京大学、九州大学、筑波大学による共同研究グループによるもの。詳細は米国の科学雑誌「Cell Stem Cell」2014年2月6日号に掲載された。

京都大学の山中伸弥教授らにより、ES細胞(胚性幹細胞)に多く発現するいわゆる「山中因子」と呼ばれる4つの転写因子(Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc)を体細胞に発現させると、体細胞が初期化(リプログラミング)され、iPS細胞が作製できることが示され、再生医療の実現に期待が高まっているが、iPS細胞は、ES細胞に比べ多くのタイプの細胞に分化する能力(多分化能)に劣り、ES細胞のような完全な多分化能を持つiPS細胞の作製が課題となっている。

一方、体細胞のリプログラミングを最初に実証した「核移植によるクローンの作製」は、体細胞の核を取り出し、核を取り除いた未受精卵内に移植することで、核内の遺伝子発現パターンを未分化な細胞のパターンにリプログラムするという手法だが、核移植ではクローン個体ができ、完全な多分化能を持つ細胞が作製されることから、山中因子とは異なるリプログラミング因子が卵子に存在することが示唆されていた。しかし、卵子のリプログラミング因子の実体は不明であったことから、今回、研究グループでは、どの因子がリプログラミングに関与しているのかの一環として、卵子に多量に存在する異型ヒストンによるリプログラミングおよびiPS細胞作製の効率化についての解析を行ったという。

具体的には、ヒストンはDNAを巻き付けてヌクレオソームという構造を形成し、遺伝子の発現を制御しているが、今回は通常のヒストンであるH2A、H2Bとアミノ酸配列が10%程度異なり、卵子に多く存在していることが知られている2つの異型ヒストン「TH2A」と「TH2B」を卵子のリプログラミング因子の候補として実験を実施。

ヒストン、ヌクレオソーム、DNAの関係。H2A、H2B、H3、H4の4種類のヒストンが2つずつ集まってヒストン八量体を形成し、この八量体の周りにDNAが巻き付き、ヌクレオソームという構造になる

TH2AとTH2Bを山中因子と一緒に体細胞で発現させてみたところ、iPS細胞の作製が山中因子だけの場合に比べ、より早く進み、かつ効率が約20倍上昇したことが確認された。

異型ヒストンによるiPS細胞作製の促進。(左)2つの異型ヒストンを山中4因子(OSKM)と一緒に発現させると、iPS細胞作製が約10倍促進された。さらにヒストンをヌクレオソームに運ぶ役割を持つヒストンシャペロン、ヌクレオプラスミン(P-Npm)を一緒に加えると、iPS細胞作製が約20倍促進された。(右)2つの異型ヒストン、ヌクレオプラスミンを加えると、山中4因子(OSKM)だけの場合に比べ、より短時間でiPS細胞が形成された

また、TH2AとTH2Bを用いると、山中因子のうちOct3/4とKlf4だけで、iPS細胞を作製できることも確認したという。

異型ヒストンを用いて作製されたiPS細胞と同iPS細胞で作製されたマウス。(左)TH2AとTH2B、そして山中因子のうちOct3/4とKlf4だけを用いて作製されたiPS細胞。(右)右上は、このiPS細胞を用いて作製されたキメラマウス。左下は、キメラマウスから生まれたマウス。同iPS細胞がすべての組織に分化する能力を持つことを示す結果となった

ちなみに、この山中因子だけの場合に比べて高効率でiPS細胞が作製できる理由について研究グループでは、TH2AとTH2Bを含むヌクレオソームは、通常のヌクレオソームに比べ緩い構造を取り、転写が誘導され易いためであると推定されるとコメントしている。

TH2A/TH2Bを含むヌクレオソームの構造モデル。TH2A/TH2Bを含むヌクレオソームの構造モデルを作製し、通常のヒストンH2A/H2Bを含むヌクレオソームの構造と比較すると、前者は不安定な構造を取ることが示唆された。これにより、TH2A/TH2Bを含むヌクレオソームは緩い構造を取り、転写を誘導し易いと推定された

研究ではさらに、理研が2010年に報告していたX染色体不活性化に関与するXist RNA欠損細胞の核を用いると、核移植によるクローン作製の効率が良くなるという知見を活用し、TH2AとTH2Bを用いたiPS細胞の作製の場合でも、Xist RNA欠損細胞を用いると、iPS細胞作製効率が上がることを確認したという。この結果から、異型ヒストンを用いたiPS細胞作製では、核移植に似たメカニズムが起きていることが示され、これらのことから研究グループではTH2AとTH2Bは、核移植とiPS細胞作製を橋渡しする存在であると考えられると結論付けている。

卵子に多く存在する異型ヒストンTH2AとTH2Bによる核移植とiPS細胞作製の橋渡しのイメージ

このほか、TH2AとTH2Bを欠損させた変異マウスを作製し、発生過程の解析を行ったところ、TH2AとTH2Bは受精卵に伝わり、受精後の父方遺伝子の活性化に関与し、初期発生に重要な役割を果たすことが示されたとのことで、核移植によるクローン作製が発生過程と類似したプロセスを経ていることが示されたともしている。

受精後の父方遺伝子の活性化。精子中では、DNAはヒストンの代わりにプロタミンに巻き付き、よりコンパクトに折り畳まれている。精子と卵子が受精してできる受精卵では、精子由来の父方遺伝子は雄性前核に存在し、この固い構造が解きほぐされるが、そのメカニズムはまだ不明な点が多いという。今回の実験から、異型ヒストンTH2AとTH2Bが受精卵に伝わり、受精後の父方遺伝子の活性化に関与し、初期発生に重要な役割を果たすことが示された

なお研究グループでは、核移植によるクローニングでは全能性細胞が形成されることから、卵子特異的なリプログラミング因子であるTH2AとTH2Bを用いることで、より完全な多分化能を持つiPS細胞作製につながることが期待できるようになると説明している。