京都大学(京大)は2月4日、タンパク質「ナルディライジン」が、哺乳動物の体温を一定に保持しようとする恒常性(体温恒常性)を維持するために重要な働きをしていることを突き止めたと発表した。
同成果は同大医学部附属病院循環器内科の西英一郎 特定准教授、神戸学院大学薬学部の平岡義範 講師(元京大医学部附属病院特定助教)、関西電力病院の松岡龍彦医員(元京大医学研究科研究生)らによるもの。詳細は米国時間時間2月4日付で米国科学誌「Nature Communications」電子版に掲載された。
ヒトなどの哺乳動物は、外気温の暑い・寒いにかかわらず、体温をほぼ一定(体温のセットポイント)に保つ恒常性を持っている。例えば皮膚が寒さを感知した場合、それが脳にある体温中枢(視索前野)に伝わり、中枢から末梢へ寒さへの対抗措置として、熱産生を専門に司る褐色脂肪組織(BAT)での非ふるえ熱産生の指示と皮膚血管を収縮して熱が放散しないようにする指示が交感神経を介して行われる。また、それでも熱量が足りない場合は、運動神経を介して骨格筋でのふるえ熱産生が誘導され、体温が維持されるといった具合だ。
今回の研究はそうした体温の恒常性がどのようにして維持されているのかというメカニズムの解明を目指して行われたもの。具体的には、タンパク質「ナルディライジン」を欠損させたマウス(Nrd1-/-マウス)を作製し、体温を測定したところ、Nrd1-/-マウスの体温の常温は野生型マウスより1.5℃低い23℃であること、ならびに野生型マウスは寒冷環境(4℃)でも体温をほぼ一定に保つことができるが、Nrd1-/-マウスでは、寒冷負荷2時間後で30℃以下に、3時間後では15℃以下へと低下することが確認されたという。
ただし、Nrd1-/-マウスは寒冷環境において、野生型マウスよりも激しく震えて、熱を産生しようという行動が見て取れたことから、寒さの感知とふるえ熱産生には問題の無いことが示唆されたという。そこで主要な非ふるえ熱産生臓器であるBATを調べたところ、常温でのNrd1-/-マウスのBAT熱産生は、野生型マウスよりも亢進していたが、寒冷環境に適応するために必要な追加の熱産生が欠如していることが判明したほか、BAT熱産生で重要となる、ノルアドレナリン受容体(β3アドレナリン受容体)や直接熱産生を司る脱共役タンパク質UCP1、その遺伝子発現を調節する転写コアクチベーターPGC-1αなどの熱産生遺伝子の発現が寒冷負荷状態にあっても上昇しないことも確認されたとする。
これらの結果を受けて、詳細な検討を行ったところ、Nrd1-/-マウスでは常温における熱放散が亢進しており、体温を保持するために野生型マウスよりも多くのエネルギー(熱産生)が必要であり、そのためにBAT熱産生がピークに達し、アドレナリンを投与しても追加熱産生ができないことが判明した。
さらに代謝以外のエネルギーを必要としない温度帯(マウスでは30℃前後)まで上げて検討を行った結果、Nrd1-/-マウスのBAT熱産生は野生型マウスより上昇しているものの、アドレナリンへの反応性は回復することが確認されたが、温度中性域における体温は常温時と変わらず1.5℃低いままであることが確認されたという。温度中性域では、熱放散の亢進は無視することができ、かつアドレナリンに対する反応性も保たれていたことから、研究グループでは、もし体温のセットポイントが野生型と同じであれば、熱産生亢進により体温を上げることができるはずとし、Nrd1-/-マウスの体温セットポイントが低下している可能性が強く示唆されたという結論を得たとする。
また、BATから取り出した培養褐色脂肪細胞を用いた検討から、ナルディライジンは核内でPGC-1αと結合し、その転写コアクチベーター活性を調節することでUCP1発現を制御していることも確認し、これらの結果から、ナルディライジンが、体温セットポイント(中枢神経)、熱放散(末梢循環系あるいは皮膚)、熱産生(BAT)のいずれの制御にも深く関わっており、体温恒常性維持に必須であることが示されたとする。
なお研究グループでは今回の成果について、Nrd1-/-マウスは寒冷環境で体温が著しく低下するが、体温が20℃以下になっても生存しており、この熱代謝形態をより深く理解することで、将来、低体温症への新たな対処方法の開発や、現在致死的な脳あるいは心筋障害を来した患者に対して行われている低体温療法への応用などにつながる可能性があると考えられるとしており、今後、それぞれの臓器特異的にナルディライジンを欠損するマウスを用いて、その役割の解明を進めるほか、冬眠におけるナルディライジンの役割についての解明などを進めていく方針としている。