理研など、従来の1/1000以下の電流密度でスキルミオン分子の駆動に成功

理化学研究所(理研)、東京大学、物質・材料研究機構(NIMS)の3者は1月28日、「1軸異方性を持つ強磁性体」である層状マンガン酸化物「La1+2xSr2-2xMn2O7」薄膜中に、「トポロジカルチャージ」を持つ電子スピン渦の結合状態「スキルミオン分子」を生成して可視化に成功すると同時に、強磁性体中の「磁壁」を駆動するのに必要とされる電流密度(1平方メートルあたり約10億A)の1000分の1以下で、スキルミオン分子を駆動させたと共同で発表した。

成果は、理研 創発物性科学研究センター 強相関物性研究チームの于秀珍 上級研究員、同・十倉好紀 グループディレクター(東大大学院 工学系研究科 教授)、NIMS 先端的共通技術部門 表界面構造・物性ユニットの木本浩司ユニット長らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間1月28日付けで英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

2009年にドイツの研究チームが「中性子小角散乱実験」で、2010年に同・共同研究チームが磁場中の「ローレンツ電子顕微鏡」観察で、らせん磁性体中に電子スピンが渦状に並んだスピン構造体「スキルミオン」が発見された。また一定の磁場・温度では、スキルミオンが固体中の原子の周期的な配列と同様に、規則的に並び三角格子の「スキルミオン結晶」を形成して、薄膜中に安定に存在しているということも確認済みだ。

なお余談だが、ローレンツ電子顕微とは、鏡磁場による電子線の偏向を利用して、磁性体の磁化状態を実空間で観察する手法のことをいう。空間分解能が高く、ナノメートルオーダーの磁化状態の観察に適している。一般の電子顕微鏡では試料に約2テスラの磁場がかかる磁界型レンズが使われるため、強磁場中ではスキルミオンを初めとする不安定なスピン構造を見ることはできない。これに対してローレンツ電子顕微鏡では、試料にかかる磁場をゼロから数100ミリテスラの間で制御できるため、スキルミオンの直接観察が可能となるというわけだ。

画像1がスキルミオンで、短い矢印は電子スピンの向きを、長い矢印はスキルミオン中スピンの巻き方向を示す。スキルミオン中の電子スピンは渦巻き状に回りながら、中心に向かっていく。中心と最外周のスピンの向きは上下反対になる。

画像1。スキルミオン

スキルミオン結晶に電流を流すと、スキルミオン中を通過する伝導電子にスキルミオンから実効的な磁場が加わり、「トポロジカルホール効果」など、新しい電磁気現象が現れたり、伝導電子のスピンの向きが変わったりする。試料に電流と磁場を互いに垂直方向に加え、電流と磁場の両方に直交する方向に起電力が現れる現象を「ホール効果」というが、スキルミオン結晶の場合、結晶中でスピンの向きが徐々に変化していることが伝導電子に対して実効的な磁場として作用し、これによって通常のホール効果に加えてさらなる起電力が生じるので、それをトポロジカルホール効果という。

また、スキルミオンも伝導電子のスピンの向きの変化に応じて変化するため、回転したり電流方向へ移動したりするが、これが「スピントランスファートルク効果」である。スピントランスファートルク効果は、スピンの向きが空間変化している領域(磁壁)に電流を流すと、伝導電子から磁性を担うスピンに、スピン角運動量の受け渡しが生じるので、これによってスピンにトルクが働き、その結果、磁壁が電流方向に平行移動する仕組みだ。このようなスキルミオンは結晶中の欠陥などに捕獲されにくい性質があるため、強磁性磁壁駆動の電流密度より約10万分の1の小さな電流密度でスキルミオンを駆動できるのである。

なお一般に磁性体の磁化状態は、磁化の向きが一様にそろった領域が複数集まって構成されており、そうした領域を「磁区」と呼ぶ。隣り合う磁区の間では磁化の向きは異なり、その境界で磁化は緩やかに変化しながらつながる仕組みで、磁壁はこのような磁区の境界領域のことを指す。

また、電子スピンが渦巻き状に整列してスキルミオン構造を採ると、トポロジカルチャージが生じる。トポロジカルチャージとは、スピン渦が持つ定められた番号のことだ。トポロジカルチャージは常に整数で、正と負の値はスピン渦の巻き方向による。また、トポロジカルチャージが大きくなると、スピン渦中を通過する伝導電子に与える有効な磁場が強まる。2次元薄膜において、トポロジカルチャージは画像2の式で定義され、膜面内の磁化を表している。

画像2。トポロジカルチャージを定義する式

1個のスキルミオンはトポロジカルチャージ1を有し、これが1ビットの情報量に相当する。単位面積あたりのトポロジカルチャージが増加すると、スキルミオン中を通過する伝導電子に与える有効磁場が強まる。ところが、より高いトポロジカルチャージをもたらすスキルミオンは理論予測されていたが、これまで実測例がなかった。

そこで研究チームは今回、理論予測されているトポロジカルチャージ2の「スキルミオン分子」を生成し、強磁性体より小さな電流密度で駆動することを目指したのである(画像3・4)。スキルミオン分子とは、渦中心の磁化が同じ方向で、渦の巻き方向は逆になっている2つスキルミオンの束縛状態を指す。

画像3(左):スキルミオン分子の模式図。画像4(右):強磁性体薄膜中に実験で観察されたスキルミオン分子。"+"と"-"はスピンの回転方向で、時計回りと反時計回りを示す

研究チームは、中心対称性を持つ層状マンガン酸化物La2-2xSr1+2xMn2O7を作製し、厚さ100nm以下の薄膜試料に磁場を加えながら電流を流し、ローレンツ電子顕微鏡での観察が行われた。画像5に示されている磁化の温度依存性と無磁場の時の(110)薄膜の磁区構造(画像6)から、この物質は磁化が[001]方向に配列しやすい性質を持つ、1軸異方性を有する強磁性体であることがわかった。なお1軸異方性を持つ強磁性体とは、磁化の向きがある結晶軸に沿って一様にそろう傾向がある強磁性体のことをいう。一方、この結晶軸に垂直な方向には、磁化が向きにくい傾向もある。

次に、0.15Tの弱磁場が(001)薄膜試料に加えられながら、-253℃まで冷却されて磁場がゼロまで下げられると、「磁気バブル」の三角格子(画像7・8)が観察された。観察された磁気バブルの磁化分布(画像8の挿入図)から、このバブルのトポロジカルチャージはゼロであることが確認されたのである。なお磁気バブルとは、1軸異方性を持つ強磁性体の磁化容易軸に垂直な膜面を切り出して、膜面に垂直な方向に磁場を加えた場合に形成される円柱状磁区のことをいう。

また、ゼロ磁場で(001)薄膜試料が-253℃まで冷やされた後に、0.35Tの磁場が膜面に垂直に加えられたところ、トポロジカルチャージ2を持つスキルミオン分子の三角格子(画像9、10)が生成された。このスキルミオン分子は"8"の字の形状で、スピン渦中心の磁化は膜面に垂直、互いに平行だが、渦巻きの方向が逆向きの2つのスキルミオンが束縛された状態だったのである(画像4)。

La2-2xSr1+2xMn2O7(x =0.315)中で観察された磁気構造。画像5(左):層状マンガン酸化物「La2-2xSr1+2xMn2O7(x=0.315)」における(110)と(001)方向磁化温度存性(青と赤の曲線)。挿入図は結晶構造の模式図。画像6(中):(110)面の磁区構造。カラーホイル(左下)は磁化の方向を示しており、従って緑の領域の磁化は[001]方向に向いている。つまり、1軸異方性を有しているというわけだ。画像7(右):(001)面におけるゼロ磁場のローレンツ電子顕微鏡により得られた像。 ((110)と(001)は結晶面を、[001]は結晶軸を表す)

La2-2xSr1+2xMn2O7(x =0.315)中で観察された磁気構造。画像8(左):画像7で示されている磁区内の磁化分布。黒い部分は面直磁化を、カラーの部分は面内磁化を示す。挿入図は1個のバブル内の磁化分布。矢印は磁化の大きさと方向を指している。画像9(中):(001)薄膜面に対して垂直に0.35Tの磁場を加えた時に観察されたスキルミオン分子の三角格子。画像10(右):画像9で示している磁区内の磁化分布。挿入図は1個のスキルミオン分子内の磁化分布。スケールバーは300nm。 ((110)と(001)は結晶面を、[001]は結晶軸を表す)

続いて、スキルミオン分子の電流下における振る舞いの考察を実施するため、電子線が透過できる厚さ100nmの薄膜部分を持った、縦110μm、横20μm、厚さ100nm~5μmのLa2-2xSr1+2xMn2O7のマイクロ素子が作製された(画像11)。

この時の素子の電流/電圧の特性を示したのが画像12だ。この素子に対して垂直な方向に磁場を加えながら、ローレンツ電子顕微鏡で素子の磁化状態を観察した。その結果、ゼロ磁場では、温度が-268℃~-213℃の範囲でスキルミオン分子は生成されず、周期約100nm のストライプ構造が観測された(画像13)。0.35T の磁場を加えたところ、-268℃~-213℃の範囲で、直径約100nmのスキルミオン分子の三角格子が素子中に生成された(画像14)。

マイクロ素子と素子の電流/電圧特性、および素子中で観察された磁区構造。画像11(左):マイクロ素子の模式図。黄色部分は電極、グレー部分はLa2-2xSr1+2xMn2O7(x=0.315)を示している。画像12(右):マイクロ素子の電流/電圧特性

マイクロ素子と素子の電流/電圧特性、および素子中で観察された磁区構造。画像13(左):ゼロ磁場で観察されたストライプ磁区構造。画像14(右):素子に対して垂直な方向に0.35Tの磁場を加えて生成されたスキルミオン分子。写真右下のスケールバーは200nm

次に研究チームは、電流によるスキルミオン分子の移動を調べることを目的とし、マイクロ素子(-253℃、印加磁場0.3T)に電流を流しながらの観察を実施。ストライプ磁区とスキルミオン分子がそれぞれ独立して共存している状態(画像15a・15b)に電流を流した時に、電流密度が約7×107A/m2を超えると、スキルミオン分子が電流の流れる方向と逆向きに流れることが確認された(画像15c・15d)。

また、スキルミオン分子とストライプ磁区が入り組んで混合している状態(画像15e)に電流を流した時に、電流密度が7.5×107A/m2を超えると、ストライプ磁区がスキルミオン(画像15f)へ転移した後に、電流の流れる方向と逆向きに流れた(画像15g・15h)。

一方、スキルミオン分子の三角格子に電流を流した場合には、電流密度がしきい値2×107A/m2を超えると、スキルミオン分子が形態を崩しながら(画像15i・15j)、電流と逆方向に流れることを確認(画像15k・15l)。この閾値は通常の強磁性体磁壁を動かす電流密度より1000分の1低い値である。

画像15が、マイクロ素子に電流を流した際のスキルミオン分子の移動をローレンツ電子顕微鏡で観察した様子。a、e、iの右下に示されたスケールバーは500nmに相当し、Jは電流密度を示す。lの挿入図は電流を加えていない時、素子中に観察されたスキルミオン分子だ。

a・bは、ストライプ磁区とスキルミオン分子が共存している状態。c・dは、電流密度が約7×107A/m2を超えると、スキルミオン分子が電流の流れる方向と逆向きに流れる。e~hは、スキルミオン分子とストライプ構造の磁区が混合している状態。電流密度が7.5×107A/m2を超えると、ストライプ構造の磁区がスキルミオンへ転移した後、電流の流れる方向と逆向きに流れる。i~lは、スキルミオン分子の三角格子のみの状態の場合。電流密度が2×107A/m2を超えるとスキルミオン分子が形を崩しながら、電流と逆方向に流れる。

画像15。マイクロ素子に電流を流した際のスキルミオン分子の移動をローレンツ電子顕微鏡で観察した様子

研究チームは今回、強磁性体薄膜中にスキルミオン分子を生成し、従来の強磁性体における磁壁駆動に必要な電流密度に比べ1000分の1の低電流密度で、スキルミオン分子を駆動させることに成功した。この成果は、スキルミオン分子がもたらす磁気輸送特性、高密度・低消費電力を生かした磁気メモリ素子の研究・開発の推進につながると期待できるとしている。



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