産業技術総合研究所(産総研)は1月22日、人体や環境に有害な鉛を含まない高性能な圧電セラミックスを開発したと発表した。

同成果は、同所 電子光技術研究部門 酸化物デバイスグループの相浦義弘研究グループ長、王瑞平主任研究員らによるもの。詳細は、1月29~31日に東京ビッグサイトで開催される「第13回国際ナノテクノロジー総合展・技術会議(nano tech 2014)」にて発表される。

開発した鉛フリー圧電セラミックスと既存の鉛系圧電セラミックス特性の比較。楕円は、鉛系圧電セラミックスの特性範囲。右上の写真は開発した圧電材料。赤色と黒色の圧電材料は、物性を調整するために意図的に元素を微量添加したもの

圧電材料は、機械的エネルギーと電気的エネルギーを相互変換できるユニークな材料であり、センサやアクチュエータとして用いられている。用途は、半導体露光装置の極微動用ステージ、走査型プローブ顕微鏡の微動機構などといった最先端の電子デバイスから、インクジェットプリンタのヘッドや、デジタルスチルカメラの手ぶれ補正素子など、汎用の電子デバイスまでと広範であり、社会生活に欠かせないものとなっている。しかし、電子デバイスに組み込まれた圧電材料の主成分は、鉛を含んだ圧電セラミックス材料Pb(Zr,Ti)O3(PZT)であり、人体や環境に対する負荷が大きい。

近年、環境問題への意識の高まりから、鉛やカドミウムなどの有害金属を含まない材料への関心が、欧州だけではなく、アジアにおいても急速に高まっている。欧州では、廃電気・電子機器の環境負荷を軽減するため、RoHS指令やELV指令が制定され、鉛、水銀、カドミウムなどの使用が原則禁止となった。PZTは鉛を含むのでRoHS指令の規制対象だが、代替できる特性を持つ圧電材料がないため、同指令の適用除外となっている。このため、鉛系圧電セラミックス材料に代わる高性能な鉛フリー圧電セラミックス材料の開発が世界的な課題となっている。

鉛系圧電セラミックスは、正方晶-菱面体晶相境界付近の組成を持つ材料で圧電特性が向上することが知られている。産総研では、2001年から鉛を含まないペロブスカイト酸化物であるニオブ酸ナトリウムカリウムを対象に、正方晶-菱面体晶相境界付近の組成を持つ高性能な鉛フリー圧電材料の開発に取り組んできた。今回開発した鉛フリー圧電セラミックスの結晶構造は、正方晶から菱面体晶へと連続的に制御可能で、正方晶-菱面体晶相境界付近の組成で圧電特性を最適化することにより、240℃の高いキュリー温度tcと、420pC/Nの高い圧電定数d33を同時に得ることに成功した。これらの圧電特性は、既存の電子デバイスへ組み込まれている鉛系圧電セラミックスPZTに匹敵する。

しかし、電子デバイスを設計するために必要な圧電セラミックスの特性パラメータは、キュリー温度tcと圧電定数d33以外にも20項目以上存在する。すべてのパラメータが標準的な規格に従って評価されないと、圧電セラミックスを用いた電子デバイスは設計できない。そこで、電子デバイスへの組み込みを可能にするために、電子情報技術産業協会(JEITA)の規格EM-4501「圧電セラミック振動子の電気的試験方法」に従って、今回開発した鉛フリー圧電セラミックスの圧電特性の評価を行った。開発した鉛フリー圧電セラミックスと典型的な鉛系ソフト材圧電セラミックスPZT5Aの評価結果を見ると、開発した鉛フリー圧電セラミックスの圧電特性は鉛系の特性に匹敵することから、電子デバイスへの利用が可能であると期待される。

JEITAの規格に従い評価した、開発した鉛フリー圧電セラミックスおよび典型的な鉛系ソフト材圧電セラミックス(従来品PZT5A)の代表的な特性の比較。 *()内の値はd33メータによる測定値。誘電損失は、数値の低いほうが圧電材料として優れている。その他の圧電特性は、数値の高いほうが優れている

これらの圧電特性の評価結果に基づき、AEセンサおよび超音波距離センサ(水中用、空気中用)の設計・試作を行い、鉛を含まない圧電センサの実用化の可能性を検証した。AEセンサによる構造物ヘルスモニタリングは、社会インフラの長寿命化と維持管理の低コスト化の観点から注目されている。従来のAEセンサに組み込まれている圧電材料は、主にPZTであるが、社会インフラは外部環境にあるため、環境負荷低減の観点から鉛フリーのAEセンサが望まれていた。開発した鉛フリー圧電セラミックスを用いたAEセンサは、従来の鉛系AEセンサと同程度の感度を示し、従来の鉛系AEセンサを代替できるという。

(a)鉛フリーAEセンサの感度特性と(b)AEセンサを使った構造物ヘルスモニタリングイメージ。(a)の横軸は機械的振動の周波数、縦軸はセンサ感度。開発した鉛フリーAEセンサは、約150kHzの周波数に対して、最大感度を持つように設計されている

また、作成した超音波距離センサの測定精度は5mm以下で、鉛系圧電セラミックスを用いたセンサとほぼ同等だった。これにより、今後、鉛フリー圧電セラミックスを用いた距離センサと他の電子デバイスを融合させ、多機能複合電子デバイスを開発しても、電子機器廃棄の制約を受けなくなる。

(a)鉛フリー水中距離センサの外観図、(b)超音波距離センサの測定原理と発信信号および受信信号

今後は、開発した鉛フリー圧電セラミックスの電子デバイスへの組み込みの実用化を推進していくとともに、セラミック材料のさらなる改善やアクチュエータの試作を行う予定。また、鉛フリー圧電セラミックスを組み込んだ電子デバイスの実用化に向けた共同研究先を模索するとコメントしている。