東京工業大学(東工大)は1月22日、長野県白馬地域の温泉水が、地球初期の生命誕生のメカニズムを解き明かすことにつながる成果として、無機的に合成されたメタンガスを含むことを突き止めたと発表した。

成果は、東工大 学地球生命研究所の吉田尚弘教授、同・丸山茂徳教授、同・黒川顕教授、同・大学院 理工学研究科の上野雄一郎准教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、1月15日発行の欧州科学誌「Earth and Planetary Science Letters」に掲載された。

地球の生命がいつ、どこで、どのように発生したかのかは確かな証拠が得られていないために現在は複数の説が唱えられている状況だが、生命誕生の場として最も有力とされるのが、「蛇紋岩」と呼ばれる岩石に伴う温泉環境だという。蛇紋岩は現在の地表にはわずかしか露出していないが、地球誕生直後の海底では最もありふれた岩石だったと考えられている。

蛇紋岩は水と反応することで高濃度の水素ガスを生成する特徴を有しており、蛇紋岩が生命誕生に必要なエネルギーと有機物の合成を促したとする説が有力だ。研究チームは、このような特殊な環境の温泉が長野県白馬地域に点在していることを突き止め、初期地球の温泉でなにが起きていたのかを理解する目的で、2010年から調査を行ってきたのである。

この温泉ガスは約50℃で水素ガスとメタンなどの炭化水素を含む。今回、これらガスの「水素同位体比」(質量数1の水素と質量数2の重水素の比率)を分析したところ、メタン(CH4)が水素(H2)よりも重水素を多く含んでおり、温泉水(H2O)と同じ程度の重水素を含むことが判明した。水素も重水素も安定同位体だが、化学反応の際にわずかに反応速度が異なるため、比率が変化する。その比率の違いを用いて、ガスがどのような化学反応もしくは生物代謝によって生成したものかを区別することができるというわけだ。

今回の結果は、温泉の「炭化水素」(炭素(C)と水素(H)だけでできた化合物)がH2ではなく水(H2O)を水素源として合成されていることを意味するという。なお、炭化水素は生物を構成する分子の内で比較的単純なものであり、生命誕生前は無機的に合成されたはずと考えられている。

これまで、高濃度の水素を含む特殊な温泉では、100℃以上でH2と二酸化炭素(CO2)の反応(「フィッシャー・トロプシュ型反応」)によって、さまざまな炭化水素が合成されると考えられてきた。しかし今回の発見により、蛇紋岩温泉での炭化水素合成経路はこれとは別の過程であり、かつ50℃ほどの低い温度でも起こりうることが示された形だ。

この研究結果から、同様の温泉が豊富にあったとされる生命誕生前の地球上では、これまで考えられていたよりも多くの炭化水素が無機的に合成されており、生命を形作る分子たちを供給したことを示しているという。今後、同温泉に含まれるさまざまな有機物をさらに分析することで、生命起源の研究が進展すると期待されるとしている。

蛇紋岩による炭化水素が無機的に合成される流れ