京都大学は12月16日、変速時に駆動力抜けのない変速システムを開発したと発表した。
同成果は、同大大学院 工学研究科 機械理工学専攻の小森雅晴准教授らによるもの。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の若手研究グラント(産業技術研究助成事業)の一環として行われた。
地球温暖化防止のため、電気自動車に期待が寄せられているが、電気自動車は1回の充電で可能な走行距離が短く、普及の障害となっている。モータは高効率で運転できる回転速度とトルクの領域が限られている。このため、変速機を用いて理想的な変速を行えば、モータを小型化できるとともに、モータの高効率な領域を有効に利用できるようになり、乗用車の市街地走行を想定した場合、電力消費を約10%低減することができるとのシミュレーション結果が報告されている。これにより、走行距離を伸ばすことが可能となる。
しかし、変速機を用いると速度に応じて変速機内の歯車対を切り替える変速作業が必要となる。変速作業中はモータからタイヤに駆動力が伝わらないため、加速をしたい状況にもかかわらず速度が低下するとともに、体が前後に揺すられることから、運転者や搭乗者に不快感やストレスを与える。また、加速をしたい状況にもかかわらず速度低下が生じるため、運転者は変速後に余分にアクセルペダルを踏み込む必要があり、電力消費の改善効果を低下させる。無段変速機CVTを用いれば、変速時の駆動力抜けは生じないが、CVTは伝達効率が悪いため、電力消費の改善効果は限定的である。これらのデメリットのため、現在の電気自動車には一般に変速機が搭載されていない。このため、電気自動車では、変速時に駆動力が抜けず、かつ、効率の良い変速機が要求されている。一方、変速機の駆動力抜けの問題は、一般的な乗用車やトラック、バスなどの従来型エンジン搭載車でも、加速時の燃費の悪化、加速性能の低下、不快感などを生じさせるため、課題となっている。
今回、駆動力抜けのない新しい変速システムを開発した。通常の変速機では、歯車対の切り替えを行う際に動力源と駆動輪の間のトルク伝達を一度切断する必要がある。これに対し、同技術では、そのタイミングにおいて、非円形歯車によって駆動力を伝達する。非円形歯車は減速比を滑らかに変化させることができる形状をしており、切り替えを行う2組の歯車対の中間的な状況を作り出し、変速中でも駆動力を伝えることができる。これにより、変速の際に速度が低下することを防ぐ。スムーズに走行するため、変速後に余分な加速が必要なく、またCVTとは異なり歯車によって駆動力を伝達するため、高効率を実現できる。
今回の変速システムは、非円形歯車の幾何学的特性の解明、本変速システムの設計法の構築、高速回転条件下での変速法の開発などにより実現した。図2は、開発した変速システムと従来型の変速機について、テストベンチにおいて動作を確認した実験結果。これらは入力軸(モータ側)の回転速度を一定に保ちながら変速した場合である。図2の上の図では非円形歯車を使用した変速システムにより、時刻0.03秒付近から0.13秒付近の間に、スムーズに1速から2速に相当する状態まで変化している。これに対し、下の図は従来型の変速機を模擬したもので、0.03秒付近から0.13秒付近までの間、入力軸(モータ側)と出力軸(駆動輪側)が連動せず、駆動力が伝わらない状況が発生している。その結果、摩擦抵抗によって徐々に出力軸の回転速度が低下し、2速に切り替えたときに急激な回転速度変化、すなわち変速ショックが見られる。
図3は、開発した変速システムを用いて、出力軸の回転速度が一定となるように制御した場合(上)、および出力軸の回転加速度が一定となるように制御した場合(下)の実験結果。このように変速作業中に出力軸の回転状態を意のままに制御することはこれまでの変速機では不可能だった。
図2 (上)開発した変速システム、および(下)従来型変速機を模擬した装置の変速時の回転速度の測定結果(入力軸の回転速度を一定に保った場合) |
図3 (上)開発した変速システムの変速時の回転速度の測定結果、(下)出力軸の回転速度が一定になるように狙って制御する場合と、回転加速度が一定になるように狙って制御する場合 |
図4は、開発した変速システムを搭載した、市販の1人乗り小型電気自動車(ENAX-S3)をベースにした試作車(図1)によって行った変速実験の結果。横軸は時間、縦軸は計測された速度であり、灰色で示した従来型変速機を模擬した実験の際には変速中に速度低下しているのに対し、開発した変速システムにおいてはそのような速度低下がなく、意図した通りの効果が得られることを確認した。このような変速システムで、電力消費低減効果をより向上させることが可能となる。また、変速の際に速度低下がなく、スムーズで快適な走行が可能となる。このことは、電気自動車の普及につながり、二酸化炭素排出量の低減に寄与する。
また、一般に電気自動車に変速機を用いることで出力可能なトルクや速度を大きくできるため、加速性能を高める効果が得られるが、変速中に駆動力抜けのない同変速システムではより高い加速性能が得られる。さらに、より小型のモータでも高い加速性能を実現することが可能となり、モータの小型化、軽量化につながる。
電気自動車は2段の変速で十分と考えられるが、乗用車やトラック、バスなどのエンジンを搭載した自動車では、通常、多段の変速機が使用される。今回の研究では、多段変速用の非円形歯車を提案し、それを用いた4段変速システムを構築し、変速中に駆動力抜けがない多段変速を実現した。これにより。エンジン搭載車についても、加速時の燃費の向上とともに加速性能の向上が可能となる。また、変速時の速度低下による運転者、搭乗者の不快感の解消につながる。
従来の変速機は、変速の際に入力軸から出力軸に回転が伝達されないため、変速の際に出力軸の回転を正確に制御することは困難だった。同変速システムでは図3に示したように、変速の際にも非円形歯車が回転を正確に伝えるため、出力軸の回転を正確に制御することが可能となる。今回の研究では、変速中でも狙い通りに出力軸回転速度を制御する理論を構築し、実験により、同変速システムが速度一定での変速、加速度一定での変速などを実現可能であることを確認した。スムーズな変速により、精密位置決めなどが要求されるロボットなどの分野でも利用が期待できる。
今後は、実用化に向けた研究を進めていく予定。すでに、市販の自動車用変速機で使用されている歯車やクラッチを用いた同変速システムを構築し、変速実験に成功しているという。