IBMは、シンガポールInstitute of Bioengineering and Nanotechnology(IBN)と共同で一般的に普及しているプラスチック材料であるポリエチレン・テレフタレート(PET)などを真菌感染症を特異的に攻撃するように分子設計した非毒性生体適合性材料に変換する技術を開発したことを発表した。同成果の詳細は学術誌「Nature communication」に掲載された。

真菌感染症は、良く知られた水虫のような局所皮膚疾患から生命を脅かす真菌性血液感染症に至るまで、毎年10億人を超える人々が感染しているが、HIV/AIDSやがんなどの疾病、あるいは抗生物質による治療などによって、体の免疫機能が低下しているときに発症する可能性が高く、そうした問題を軽減するため、効率的で疾患特異的な抗菌薬の開発が求められるようになっている。

しかし、薬剤が細胞の中に入って感染部位を攻撃する必要がある従来の抗菌治療法では、真菌の細胞膜壁を標的とし、侵入するのは困難であったほか、真菌類は代謝的に哺乳類の細胞に構造が類似しているため、健康な細胞と感染した細胞を区別することができないという課題があった。

今回の研究は、有機分子触媒プロセスを用いてPET(飲料ボトル由来の廃プラスチック)を、抗菌薬に転用可能な新しい分子に転換することを目指したもの。開発された新しい抗菌剤は、水素結合を通して自己組織化し、ポリマーのような性質を示す分子ベルクロ(マジックテープ)のように、分子が互いにくっつきあい、ナノファイバーを形成し、ファイバーあるいはポリマー様の形状においてのみ抗菌活性を示すという。

具体的には、同ナノファイバー抗菌剤は正電荷を持ち、負電荷を帯びた真菌の細胞膜だけを選択的に狙って付着し、細胞膜壁を破壊する仕組みのため、真菌が進化して薬剤耐性を持つことを防ぐことができるという。

さらに、ナノファイバー抗真菌剤の分子集合挙動をシミュレーションし、どの分子構造の変化が目的とする治療効果をもたらすかを予測したところ、ナノファイバー抗菌剤の最小発育阻止濃度(抗菌薬剤が視認できる細菌増殖を抑制する最小濃度)は、複数タイプの真菌感染に対して強い抗真菌活性を示す値となったという。例えば、米国で3番目に多く見られる血液感染症を引き起こす真菌である「カンジタ・アルビカンス(C. albicans)」はナノファイバー抗菌剤との1時間の培養後には99.9%以上が除去され、11度の反復試験後も薬剤耐性の発現は見られなかったという(対照として使用した既存の抗真菌薬も細菌増殖を抑制することはできたが、6回の反復試験後、薬剤耐性が現われたという)。

また、ナノファイバー抗菌剤が一回の投与で効果的に真菌のバイオフィルムを分解することを発見したほか、生体内での抗菌活性についても、カンジタ・アルビカンスのバイオフィルムが付着したコンタクトレンズを使って、マウス・モデルで検証を行ったところ、真菌数が顕著に減少し、角膜内での新たな真菌構造成長が抑制され、当初の目の炎症の重症度を軽減させていることが確認されたという。加えて、これらの実験では、正常細胞がナノファイバー抗菌剤との培養後も長期に生存していることが確認されたほか、ナノファイバーの局所適用後も、マウスの角膜に重大な組織侵食が見られないことも確認されたという。

なおIBMならびにIBNでは、今度もコラボレーション・プログラムの規模を拡大させ、治療・創薬技術の向上のための材料開発を同時多角的に追求することを目指していくとしている。

今回の発表に関連する動画その1「Ninjas vs Superbugs: Adventures in Nanomedicine(ニンジャ 対 スーパー耐性菌)」

今回の発表に関連する動画その2「Sharing Science: Explaining a Nanomedicine Breakthrough(ナノメディシンにおける画期的な成果)」