東京大学は、家庭用インクジェットプリンタを用いてさまざまな電子回路素子を印刷する技術を開発したと発表した。
同成果は、同大大学院 情報理工学系研究科 電子情報学専攻の川原圭博准教授によるもの。英Microsoft Research(MSR)、米Georgia Institute of Technologyと共同で行われた。詳細は、9月にチューリッヒで開催された国際会議「UBICOMP 2013」にて発表された。
紙やシート状のプラスチックなど、柔らかく変形可能な素材の上にセンサや電子回路を実装するフレキシブルエレクトロニクス技術が注目を集めている。これまで、最先端の研究成果では、厚さ約2μmの極薄フィルム上に有機半導体を用いて電子回路を作成することにも成功している。しかし、こうした電子回路を作成するためには、特殊な装置と高度な知識とスキル、時間が必要だった。例えば、回路素子用の配線を印刷するだけでも、スクリーン印刷技術ではマスクを製作する手間を要し、高価な産業用インクジェットプリンタを用いる場合でも、ヘッドの動きとノズルを数μm単位で精密に制御するため、その代償として印刷速度が遅く、手のひらサイズのパターンを印刷するのに数時間を要していた。
今回、研究グループは、一般的に入手可能な家庭用インクジェットプリンタと市販の銀微粒子を含むインク、写真用紙やPETフィルム、導電性テープなど、従来の1/100程度の価格の機器・部材を使って、これまでの1/100以下となる1分程度の時間で、高度な電子回路素子を作成することに成功した。中でも、銀ナノ粒子インクにおいては、従来品は印刷後に加熱などの後処理が必要だったが、三菱製紙が市販している後処理が不要な化学焼結銀ナノ粒子インクを利用することで、大幅な時間短縮を図ることに成功したとする。
また、家庭用のインクジェットプリンタを利用した場合、従来の製造法と比べて導電性や精度が犠牲になってしまうため、同インクはこれまでテスト用途に用いられるのに限られていた。しかし、インクや紙の特性解析と独自の設計方法を考案することにより、電子回路素子の配線だけでなく、高感度なタッチセンサや、水分センサ、通信用の高感度なアンテナなども作成できることを確認したという。また、ラミネートコーティングを施すことで、酸化を防いだり耐水性を持たせたりすることもできるとしている。
なお、同技術のみで、トランジスタや太陽電池、発光ダイオードといった素子を作成することはできないが、印刷した配線パターンの上に既存の素子を導電性両面テープで貼り付けることで、電子回路として動作させることができる。これにより、研究者やエンジニアがより手軽に柔軟な電子回路を製作できるようになるとするほか、ホビイストやMaker、アーティストが手軽に回路の試作を繰り返すことができるようになるとする。また、一般ユーザーでも、本やメッセージカード、折り紙やペーパークラフトなどに電子回路による仕掛けを組み込むことも可能になるとコメントしている。