日本原子力研究開発機構(JAEA)は10月29日、茨城県北部の褐色森林土の落葉広葉樹林において、2011年5月から2年以上に及ぶ継続した観測により、東京電力 福島第一原子力発電所の事故に由来する放射性セシウム(Cs)の落葉層から土壌への移動メカニズム、移動量およびそれらの時間変化をはじめて明らかにしたと発表した(画像1)。
成果は、JAEA 原子力基礎工学研究部門 環境動態研究チームの中西貴宏任期付研究員らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、近日中に学術誌「Journal of Environmental Radioactivity」に掲載される予定だ。
2011年3月の福島第一原発事故によって環境中に放出された放射性Csは、福島県東部および近隣の森林域における褐色森林土の表面を覆う落葉層に広く沈着した。褐色森林土とは、日本に広く分布する、落葉広葉樹林ないしは落葉広葉樹と常緑針葉樹の混合林下に生成する褐色の土壌のことをいう。表層は有機物の蓄積により黒色味が強く、深くなるほど褐色になる。
半減期の長い放射性Csの森林における挙動の解明は、除染の判断、林産物への影響、近隣住民の線量評価などに対して重要な課題だ。そのため、現在は大部分が地表に留まっている放射性Csについて、降雨などの自然現象に伴う移動量や速度を正確にとらえることが不可欠である。
一般に、土壌中の放射性Csは水と共に移動する。そのため、その移動過程は、土壌中の水収支や水溶性物質の量を測定するための「ライシメーター」(現地に設置して、降水に応じて土壌浸透水を採取できる)を用いて、定量的かつ継続的にとらえることが可能だ。また、この測定結果を降水量や温度などの気象条件と関連付けることで、放射性Csの移動に影響する因子を特定することができるのである。
今回の研究では、福島県山間部の約7割を占める褐色森林土における放射性Csの移動実態を明らかにするために、福島県に隣接する茨城県北部の国有林を試験地として、福島第一原発事故後から2年以上にわたり、ライシメーターを用いて、土壌浸透水に含まれる放射性Csの継続的な観測が行われた。ライシメーターによる事故後まもなくからの連続観測は、チェルノブイリ原子力発電所事故などを含めてこれまでになく、今回の研究で初めて適用され、放射性Csの移動量とその時間変化が解明された形だ。
調査は、福島第一原発の南西約65kmに位置する茨城県北部の落葉広葉樹林(画像2)において、2011年5月から開始した。環境モニタリングや除染で一般に適用されている土壌深さ5cmを基準に、その上下の移動量を明らかにするため、落葉層のみ、土壌厚さ5cm、同10cmのライシメーターが設置されたのである(画像3)。
落葉層、土壌を通過し回収された土壌浸透水は、孔径0.45μmのろ紙でろ過後に濃縮して、ゲルマニウム半導体検出器による核種分析で放射性Cs(134-Csおよび137-Cs)濃度が測定され、その中に含まれる「溶存態有機炭素」濃度を全有機炭素計によって測定された。なお溶存態有機炭素とは、植物遺体などを起源とした、液相に存在する、炭素を含む有機化合物のことだ。今回の研究では0.45μm以下の有機炭素のことを示している。
さらに、定期的に土壌サンプルの採取が行われ、深さごとの放射性Cs濃度の測定が実施された。そしてライシメーターおよび核種分析から得た測定値から、以下の定義に従い、移動率の評価が行われた形だ。
移動率=期間当たりの放射性Cs移動量/上層の放射性Cs蓄積量×100(%/期間)
「期間当たりの放射性Cs移動量」とは、ライシメーターで観測した特定の深さでの期間当たりにおける放射性Csの移動量のことで、「上層の放射性Cs蓄積量」はそのライシメーターより上層(落葉層および土壌)の放射性Csの総蓄積量のことである。すなわち、移動率はある期間における、ライシメーターより上層に蓄積した放射性Csの内下層へ移動した量の割合を表す。134-Csと137-Csの挙動は同じであったため、以下では、半減期が長く長期間にわたって影響をもたらす137-Csの結果のみが示されている。
画像4は、土壌サンプルの測定から得られた落葉層、土壌の深さ10cmまでの1平方m当たりの137-Cs蓄積量の時間変化を示したものだ。1平方m当たりの137-Cs総蓄積量は、観測期間を通じて約20kBq/平方mで大きな変化はなかった。しかし、その分布を見ると、2011年5月から12月までの間に、落葉層にある137-Csの大部分は土壌表層0~5cmへ移動し、その後は変化が見られなかった。
すなわち、放射性Csの主要な移動は、事故後数箇月以内に、最初に沈着した落葉層から土壌表層0~5cmに浸透したことがわかる。放射性Cs濃度およびその変化の傾向は、国などのモニタリング調査による結果とも整合している。
そして土壌サンプルの測定からは得られない放射性Csの移動量の時間変化を、ライシメーターによる連続観測から明らかにして表したのが画像5だ。ライシメーターで測定した、深さ5cmまで移動した137-Csの濃度と移動率の時間変化が示されている。この結果から、以下のことが明らかになった
- 事故後数箇月以内における放射性Csの土壌への浸透は、降水量の多い時期に雨水による洗い出しによって生じた。
- 以降の移動率は降水量と温度に依存し、1年間の単位で変動を繰り返している。
- 年当たりの移動率は事故後の経過時間と共に減少する傾向。蓄積量に対して、2011年度(2011年5月~2012年3月)に0.5%が、2012年度に0.2%が、5cmまで移動していることが確認された。
- ろ紙上の粒子状成分からは放射性Csが検出されなかったため、放射性Csは土壌浸透水に溶解して移動していることが判明。
上記と同様の傾向は、土壌深さ10cmのライシメーターによる観測でも見られ、10cmまで移動した137-Csは蓄積量に対して各年0.2%、0.1%であった。以上の結果から、福島第一原発事故由来の放射性Csは浸透水により土壌深くまで移動していたが、その割合は小さいことが確認されると共に、移動速度の変化も判明したのである。
続いて、2012年度に観測された落葉層から浸透した溶存態有機炭素および137-Csの濃度と、温度との関係を示したのが画像6だ。溶存態有機炭素および137-Csの濃度は、温度の上昇と共に増加している。そして溶存態有機炭素は落葉落枝の分解により溶出するものであり、画像6から温度の上昇によって落葉落枝の分解が促進され、付着していた137-Csが落葉層から土壌へ供給されることが示された。
すなわち、落葉層から土壌への放射性Csの移行は、事故から1年以内は主に雨水の洗い出しによって起こり、それ以降は落葉落枝の分解により緩やかに進行しているということである。画像5に示した土壌層を通過した浸透水中の放射性Csの濃度も、落葉層の放射性Cs濃度と同様に気温の変動に応じて変化をしている。すなわち、土壌層を通過した放射性Csは、落葉層から供給された放射性Csが直接浸透したものであり、土壌鉱物や土壌中の有機物から再溶出したものの影響は、現時点ではほとんどないといえるという。
このことから、放射性Csは今後も10cmより深くまで移動する割合は小さく、地下水を経由して森林地帯から周辺地域には流出しにくいと考えられるとした。一方で、土壌表層に蓄積した放射性Csが、森林生態系の内部循環にどのように取り込まれていくのか、注視していく必要がある。
なおJAEAは、今回の研究で得られた落葉層および土壌における放射性Csの移動速度に係るパラメーターを、放射性物質の環境分布を正確に把握し、その影響を評価するために同機構が開発している、大気・陸域・海洋での物質動態を包括的に予測する計算シミュレーションモデル・システム「包括的物質動態予測システム(SPEEDI-MP)」に適用することで、森林生態系の内部循環による林産物への移行や森林外の周辺地域への移動による、公衆への影響の将来予測を行う予定としている。