群馬大学(群大)と筑波大学は10月11日、肺線維症の発症に脂質、特に脂肪酸のバランスが重要であり、この組成が変化することで肺線維症の症状が悪化することを発見したと発表した。

成果は、群大大学院 保健学研究科の横山知行教授、同・医学系研究科の前野敏孝講師、同・倉林正彦教授、筑波大 医学医療系の松坂賢准教授、同・島野仁教授らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間10月11日付けで英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

呼吸器疾患は「間質性肺炎(肺線維症)」や肺がん、「慢性閉塞性肺疾患(COPD)」、呼吸器感染症、喘息、睡眠時無呼吸症候群、「急性呼吸窮迫症候群(ARDS)」など、多彩な病気がある。いずれの疾患も近年、増加傾向にあり、厚生労働省が行った平成24年人口動態統計における死因順位の結果では、肺炎が脳血管疾患を抜いて悪性新生物(がん)、心疾患に次ぐ第3位となった。そうしたことから、呼吸器疾患に対する予防や治療などの対策が急務とされている。

なお間質性肺炎(肺線維症)は、肺胞を取り囲んでいる「間質」を主体とした炎症が生じ、広範囲に線維化を来した結果、肺が固く縮んで呼吸ができなくなる疾患だ。これもまた近年増加の一途をたどっており、なおかつ治癒困難な例が多く、速やかな発症メカニズムの解明が望まれている。

肺の機能を維持するためには、肺胞の上皮細胞で生成される界面活性剤の1種である「肺サーファクタント」(肺胞が潰れてしまうのを防いでいる)が不可欠だ。肺サーファクタントは、循環血液中から取り込んだ遊離脂肪酸を基質として、II型肺胞上皮細胞内の小胞体で新規に生合成されている。その構成は脂質90%(そのほとんどはリン脂質)、タンパク10%という内訳で、その原料となるのが「遊離脂肪酸」だ。

遊離脂肪酸は食事による脂質やグルコースなどの糖質の摂取によって脂肪細胞に蓄えられた中性脂肪の分解により生成され、血液中に放出される。これが不足すると、間質性肺炎やCOPD、ARDSを引き起こすことがわかっているが、サーファクタントを構成する脂肪酸の組成と疾患との関わりに着目した研究はこれまでほとんど行われていなかった。

遊離脂肪酸は、構成成分として「パルミチン酸」や「ステアリン酸」などの「飽和脂肪酸」(脂肪酸を構成する炭素の間に、二重結合(C=C)を有しないもの)、「オレイン酸」などの「一価不飽和脂肪酸」(二重結合を1つ有するもの)、「リノール酸」などの「多価不飽和脂肪酸」(二重結合を2つ以上有するもの)とに分類されるが、体内で最も組成の多い炭素数16、18の脂肪酸生成に関与している酵素が「Elongation of very long chain fatty acid member6(Elovl6)」(画像1)であり、群大の横山教授らの研究チームは、この脂肪酸組成と触媒酵素および疾患との関わりについて、これまで研究に取り組んできた。

画像1。脂肪酸合成系における各酵素の役割

今回の研究チームは、肺線維症のモデルマウスや肺線維症患者から採取した肺において、脂肪酸生成(伸長反応)に関与しているElovl6が著明に減少していることを突き止め、この酵素を欠損させたマウスに肺線維症を引き起こす薬剤を投与すると、通常のマウスと比較して著明な肺線維症の悪化を認めることが明らかにされた。

まず研究チームは、肺サーファクタントの主な生成場所である肺胞の「II型上皮細胞」にElovl6が強く発現することを究明。さらにマウスの気管支から、皮膚がん、頭頚部がん、リンパ腫などの悪性腫瘍の治療に用いられる抗生物質の1種「ブレオマイシン」を投与して、肺線維症モデルが作製され(ブレオマイシンによって線維芽細胞の増殖や肺胞マクロファージの増加、間質性の線維化を来す)、Elovl6の発現および活性が著しく減少していることが確認された。「特発性肺線維症(IPF)」の患者から採取した肺においても、同様の結果が得られたという。

次に、Elovl6を欠損させたマウスにブレオマイシンの気管支投与によって、肺線維症モデルが作成され、すると野生型マウス(比較対照)と比べて、顕著な線維化の悪化が認められた(画像2)。また、このElovl6欠損マウスでは、野生型マウスと比較して「酸化ストレス」の増加、線維化の重要な調節因子であるサイトカインの「形質転換増殖因子β1(TGF-β1)」の発現増加および「アポトーシス」(傷ついた細胞や不要な細胞が自発的に死を選ぶプログラム細胞死)の亢進が認められ、これが線維化の悪化に関与していることを示した。

なお酸化ストレスとは、体内で生成された細胞を傷つけることによってがん化や老化などを引き起こす活性酸素による酸化反応と、生体内の抗酸化作用のバランスが崩れて、酸化反応の方に傾いた状態をいう。またサイトカインとは、細胞間でやり取りされる多様な生理活性を持つタンパク質の1種のことをいう。

画像2・画像3:Elovl6欠損マウスにおける線維化の悪化。上段は細胞および組織構造の全体像を把握するための染色、下段は線維化(青色)の程度を染色している。野生型マウスと比較して、Elovl6欠損マウスで青色の線維化領域が増加している

さらに、この肺組織から脂質を抽出して、脂肪酸組成の測定が行われた。すると、野生型マウスに生理食塩水を投与(比較対照)した肺と比較して、ブレオマイシンを投与した肺線維症モデルおよびElovl6欠損マウスの肺において、飽和脂肪酸であるパルミチン酸の増加、不飽和脂肪酸であるオレイン酸、リノール酸の減少が認められたのである(画像4)。

画像4。肺線維症における脂肪酸組成の変化

同様の傾向は、培養した肺胞上皮細胞に「RNA干渉(RNAi)法」でElovl6の発現を特異的に減少させた場合においても得られたという。さらに、パルミチン酸を培養II型肺胞上皮細胞に添加すると酸化ストレスの増加、TGF-β1の発現増加およびアポトーシスの亢進を認めたことから、Elovl6の発現低下によって脂肪酸中の飽和脂肪酸成分(パルミチン酸)が増加することで、酸化ストレスが増え、線維化の進行におよぶ可能性が突き止めたというわけだ。

なおRNAiとは、小分子のRNAが、それと同じ塩基配列を持った遺伝子の発現を抑制する現象のことをいう。この現象を利用して、特定の遺伝子と同じ配列の小分子RNAを人工的に合成し、細胞内に遺伝子導入させることで、目的の遺伝子やタンパクの発現を抑制させることができるのである。

以上の結果から、肺サーファクタントの主な生成場所である肺胞II型上皮細胞におけるElovl6の発現や活性が低下することで、肺胞上皮の脂肪酸組成のバランスが変化し、肺線維症の発症に強く関わっていることが示唆されたというわけだ(画像5)。

画像5。今回の研究で認められた脂肪酸伸長酵素と肺線維症に至るメカニズムについて(掲載論文より改変引用されたもの)

これまで生活習慣、特に食事や栄養成分と呼吸器疾患との関わりについてはほとんど明らかにされてこなかった。今回の成果により、食事中の脂肪酸の組成やバランス、肥満や痩せ、糖尿病などに伴う体内の脂肪酸組成の変化が肺線維症の発症に関わる可能性が考えられ、今後は臨床研究や疫学調査などからその因果関係を解明していくという。

さらに、Elovl6の発現や活性変化に伴う脂肪酸組成の変化が肺線維症の発症に重要であることから、今後は脂肪酸組成の変化に伴う肺サーファクタントの量的・質的な変化と肺線維症との関わりや、Elovl6の発現や活性を制御する食事成分、薬剤の解明など、肺疾患予防・治療の新しいアプローチの可能性が期待されるとしている。