東北大学は10月11日、肺の恒常性維持に必須の遺伝子発現システムを発見し、その異常が肺胞タンパク症の発症に関わることを見出したと発表した。

成果は、東北大大学院 医学系研究科 細胞生物学講座 生物化学分野の五十嵐和彦教授、同・内科病態学講座 呼吸器病態学分野の貫和敏博名誉教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、10月14日付けで米医学専門誌「Journal of Experimental Medicine」オンライン版に掲載された。

ヒトを含む多くの生物は、肺から空気中の酸素を取り込むことで生命活動を維持しているのはいうまでもない。その肺はというと、約3億個の小さな「肺胞」(気管支の先が枝分かれした先端に存在する袋状の構造)からなり、表面積は約7m2にもおよぶ。この肺胞の周囲に毛細血管があり、肺胞から血管へと酸素が受け渡され、一方で不要な二酸化多酸素が肺胞に戻される仕組みだ。

肺胞には表面張力がかかっており、息を抜いたら本来なら潰れてしまう。それを防いでいるのが、肺胞表面を被う「肺胞サーファクタント」という物質だ。肺胞は1層の「肺胞上皮」で被われているが、その中には酸素の取り込みを行う「1型肺胞上皮」と、サーファクタントの合成分泌を行う「2型肺胞上皮」の2種類が存在しているのである。

そして肺胞サーファクタントの量を適切に保っているのが、肺胞の腔内に存在する貪食細胞の「肺胞マクロファージ」だ。肺胞マクロファージが肺胞サーファクタントを分解することで、量が適切な範囲になるよう調節されているのである。ただし、「肺胞タンパク症」という病気では肺胞サーファクタントのバランスが崩れ、大量の肺胞サーファクタントが肺胞腔内に溜まり、呼吸不全を引き起こしてしまう(画像1)。肺胞タンパク症は、主に肺胞マクロファージの異常により発症すると考えられているが、その発症機構はまだわかっていないところが多かったのである。

画像1。肺胞タンパク症の概念図

遺伝子の近傍に結合し、その遺伝子の発現(RNAへの転写)を調節する一群のタンパク質のことを「転写因子」という。そして、免疫において必須の役割を果たす転写因子が「Bach2」だ。Bach2の遺伝子を欠損したマウスを作成したところ、正常に生まれて成長はするものの、徐々に肺胞タンパク症を発症し、1年程度ですべて死んでしまったのである(画像2・3)。

さらに、Bach2は肺胞マクロファージで働き、Bach2が欠損した肺胞マクロファージでは、肺胞サーファクタントの成分である脂質の処理が特異的に低下していることが判明。よって、Bach2が制御している遺伝子群の発現が乱れることで、肺胞タンパク症が発症すると考えられたのである。

生後12週マウスの肺の顕微鏡写真。野生型ではきれいな肺胞構造を認めるのに対して、Bach2遺伝子破壊マウスでは肺胞の上皮が厚くなり、空間が肺胞サーファクタントと肥大化したマクロファージで埋め尽くされつつある。 画像2(左):野生型。 画像3:Bach2遺伝子破壊マウス

肺は内臓でありながら、外気と経に接することから生体にとって有害な病原菌などに接しており、生体防御における最前線の1つだ。そしてマクロファージはヒトなどの免疫の要であり、分布する臓器ごとにさまざまに分化し、肺胞マクロファージも肺胞サーファクタントの処理や免疫など、特別な機能を持っている。肺胞マクロファージが特定の機能を獲得する仕組みはまだよくわかっていないものの、今回の研究により肺胞マクロファージで働く遺伝子ネットワークの制御因子が発見された形だ。これにより、肺胞タンパク症の病因解明や新たな治療方法の開発が進むことが期待されるとしている。