理化学研究所(理研)は10月11日、オランダ・ワーゲニンゲン大学との共同研究により、細菌の免疫システムを担う巨大な分子複合体「Cmr複合体」の構造と機能を解明したと発表した。

成果は、理研 放射光科学総合研究センター ビームライン基盤研究部の新海暁男先任研究員(現・横山構造生物学研究室 先任研究員)、同・上利佳弘特別研究員、同・センター 生物試料基盤グループの眞木さおり研究員、同・センター 米倉生体機構研究室の米倉功治准主任研究員、ワーゲニンゲン大のRaymond H.J.Stalls(レイモンド・H・J・スタールズ)研究員、同・John van der Oost(ジョン・ファン・デア・オウスト)教授らの国際共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間10月11日付けで米科学誌「Molecular Cell」オンライン版に掲載された。

すべての生物は、外界の毒物や病原菌から生体を守るために免疫システムを備えており、生物種に応じてさまざまな種類が存在する。生物の進化と同様に、免疫システムも突然変異と環境適応を繰り返しながら進化してきたと考えられているのである。

免疫システムは、「自然免疫」と「獲得免疫」の2つに大別される。自然免疫は、「マクロファージ」や「好中球」といった「食細胞」が、病原体を文字通り食べることで退治するといった仕組みのことをいう。そして獲得免疫は、外界から入り込んだ病原菌(抗原)の一部を免疫システムに関わる分子(細胞)が取り込み、抗体を作って抗原を攻撃するという仕組みだ。獲得免疫における特に重要な機能の1つとして、その情報を記憶し、同じ抗原に再度感染した時には迅速に攻撃できることがある。この獲得免疫システムの起源やその進化の過程については不明な点が多く、いまだに詳細は明らかになっていない。

生命の歴史を振り返ると、いうまでもなく細菌は、その初期に誕生した生物だ。あんな小さな体なので大した機能を持ってないと思うかも知れないが、実は多くの細菌が、獲得免疫に似た防御システムを持つ。細菌はヒトを初めとするさまざまな生物の体内に入って悪さをするイメージの方が強いが(腸内細菌のようにヒトにとってなくてはならないパートナーも多量にいるが)、その細菌ももっと小さなウイルスには侵入されて悪さをされてしまうのである。

そんな対ウイルス用の防御システムが、「CRISPR-Casシステム」だ。CRISPR-Casシステムは、細菌のDNA上にあるDNA領域「CRISPR領域」(画像1)と、その領域近傍の「cas遺伝子群」にコードされる「Casタンパク質群」(画像2)で構成されている。

まずCRISPR領域についでだが、これは画像1でいうところの赤色の部分に当たり、約25~50bpの回文様のリピート配列が、同じく青色部分の25~50bpの間隔(スペーサー配列)を介して反復している領域のことだ。スペーサーの配列には共通性はなく、反復数は多いもので249回に及ぶ。そしてCasタンパク質はこれまで45種類のファミリーが見つかっており、中には数種類のサブユニットからなる巨大な分子複合体を形成しているものもある。そうしたタンパク質が、CRISPR-Casによる免疫・防御システムに関与しているというわけだ。

画像1(左):CRISPR領域。nyu-su 5 jhjonn 画像2:cas遺伝子はCRISPR領域の近傍に存在する

CRISPR-Casシステムを備える細菌は、ウイルスなどに侵入されると、そのウイルスのDNAの一部を切り取り、自分のCRISPR領域に組み込む。そしてウイルスのDNAが組み込まれたCRISPRのDNA配列はRNAに変換され、複数の断片に切断される。この切断されたRNAは「CRISPR RNA(crRNA)」と呼ばれ、これらは防御システムに関わるCasタンパク質と複合体を形成する仕組みだ。

要は、これで以前に侵入してきたウイルスの特徴を記憶する仕組みで、細菌がもし再び同じウイルスに感染した時は、ウイルスのDNAやRNAと適合するcrRNAを持ったCasタンパク質複合体が反応し、そのウイルスを攻撃し排除することができるというメカニズムなのである。

画像3が、CRISPR-Casシステムの作用モデルの例を表した模式図だ。もう少しCRISPR-Casシステムについて詳しく説明すると、同システムは主に3つの段階がある。ウイルス(ファージ)由来のDNAなど、細胞へ侵入したDNAの一部が切り取られ、新たなスペーサーとしてCRISPR領域に挿入されるのが第1段階「アダプテーション・フェーズ」だ。

次に、CRISPR領域は転写されてpre-crRNAが生じ、pre-crRNAは切断されてcrRNAが生じる第2段階「エクスプレッション・ステージ」に移行。そしてcrRNAはCasタンパク質と共に複合体を形成し、侵入ウイルスのDNAに由来するcrRNAを持つ複合体が、侵入してきたDNAに相補的に結合して分解するのが第3段階「インターフューレンス・フェーズ」だ。CRISPR領域の数や配列、cas遺伝子の種類は生物種ごとに異なり、中には侵入DNAから転写されたRNAを分解するCRISPR-Casタイプもあるのである。

画像3。CRISPR-Casシステムの作用モデルの例

CRISPR-Casシステムは、同じ生物種の中でもCasタンパク質の種類やDNA/RNAを切断するメカニズムによってタイプI、II、IIIの3つに分類され、さらに幾つかのサブタイプに複雑に分かれている。これらの機能や構造を詳細に解析することで、生物の持つウイルスに対する免疫・防御システムの原型や進化が明らかになると考えられているという。そこで研究チームは今回、高度好熱菌「Thermus thermophilus(サーマス・サーモフィルス)HB8株」(以下TT HB8株)をモデル生物として、各種CRISPR-Casシステムの全容を解明し、獲得免疫システムの原型や進化を探ることに挑んだというわけだ。

TT HB8株は、静岡県伊豆半島にある峰温泉から発見された、85℃という極限環境で生育できる細菌である。熱水中で生きている好熱菌は全生物の共通祖先に最も近い位置にいる現生生物と考えられており、原始生命の基本的特徴が凝縮されていると見られている。TT HB8株はCRISPR領域を11箇所、そしてcas遺伝子を約30種類持つ。

そして画像4が、TT HB8株の遺伝子に存在するCRISPR領域とcas遺伝子だ。CRISPR領域は、プラスミドDNA「pTT27」上に9箇所、染色体DNA上に2箇所存在する(CRISPR-8は画像では除外されている)。なおプラスミドは、細菌などの細胞質内(ただし核外)に存在する染色体DNA以外の残りすべてのDNA分子のことをいい、染色体DNAとは物理的に独立して自己複製して安定して存在できるのが特徴だ。

またCRISPR領域は、リピートの塩基配列によって3種類に分類可能である。画像4場で、赤のCRISPR-1~5およびCRISPR-11・12、緑のCRISPR-6・7、青のCRISPR-9・10という具合だ。そして画像4中では、「Csm(タイプIII-A)複合体遺伝子」、「Cmr(タイプIII-B)複合体遺伝子」、「Cascade(タイプI-E)複合体遺伝子」の3箇所も太字で示してある。

画像4。Thermus thermophilus HB8株の遺伝子に存在するCRISPR領域とcas遺伝子

Cascade(タイプI-E)複合体は、Casタンパク質サブユニットの「Cse1」、同2、同7、同5e、同6eとcrRNAが、1:2:6:1:1:1分子で形成された巨大な分子複合体だ(405kDa)。このCascade複合体は、pre-crRNAを分断してcrRNAを生成し、複合体に取り込む仕組みを持つ。さらに、Cas3タンパク質と結合し、標的DNAを分解するという役目も担う。大腸菌由来のCascade複合体の研究が進んでおり、詳細な機能メカニズムや電子顕微鏡構造が明らかにされている。

またCsm(タイプIII-A)複合体に関しては、Casタンパク質サブユニットの「Csm1」から同5までの5種類とcrRNAからなる複合体で、DNAの切断に関与していることが確認済みだ。

そして研究チームは今回、TT HB8株から、6種類のCasタンパク質サブユニットの「Cmr1」から同6までと、crRNAから構成されるCmr複合体(タイプIII-B)の単離・精製に成功した。そしてCmr複合体を構成するcrRNAの配列が解析された結果、特定のCRISPR領域に由来するcrRNAが多く発見されたのである(画像4)。このことから、crRNAは無作為に結合されるのではなく、選択性があることが判明。

さらにCmr複合体は、crRNAの配列に対して相補的な配列を含む1本鎖RNAを6塩基間隔で5箇所、切断することもわかったのである(画像5)。標的RNAは、Cmr複合体に結合している「46nt crRNA」と相補的な配列を持つRNA「50nt target RNA」と結合。その後、標的RNAはその3'側から順に6塩基間隔で5箇所、切断されるというメカニズムだ。

画像5。TT HB8株のCmr複合体による標的RNAの切断様式

また、Cmr複合体を電子顕微鏡により構造を観察した結果、その全体はユニークならせん状の構造をしていることが確認された(画像6)。さらに、「マススペクトル解析」で突き止められたCmr複合体を構成するCasタンパク質とcrRNAとの分子量比の結果と、電子顕微鏡からの構造が総合的に解析されたところ、各Casタンパク質の配置の推定に成功したというわけだ(画像7)。それによると、4つあるCasタンパク質「Cmr4」が約25Å間隔でらせん状に位置し、その間隔はRNAの6~7塩基間隔に相当していたのである。

Cmr複合体によってRNAが5箇所で切断されることから、中央部に位置している4つのCmr4ともう1つのCasタンパク質で切断されることが強く示唆された。また、今回解明されたCmr複合体の全体構造は、すでに報告されていた大腸菌由来のCascade(タイプI-E)複合体と類似していたため(画像8)、これらの巨大な分子複合体は共通祖先から派生したものと考えられるという。

Cmr複合体の電子顕微鏡による構造。 画像6(左):TT HB8株のCmr複合体の電子顕微鏡構造。 画像7(中):マススペクトル解析、電子顕微鏡構造などから推定されたCmr複合体のCasタンパク質の構成。分子量比は1:1:1:4:3:1の割合で、4分子のCmr4タンパク質と3分子のCmr5タンパク質がらせん状に位置していることが確認された。 画像8(右):大腸菌由来タイプCascade(タイプI-E)複合体の電子顕微鏡構造から推定されたCasタンパク質の構成。6分子のCas7タンパク質がらせん状に位置している

以上の結果、TT HB8株のCmr複合体は、感染したウイルス(ファージ)が持つmRNAの内、Cmr複合体のcrRNAと相補的な配列を持った部分に結合し、ファージのmRNAを5箇所で切断し、ウイルスを破壊して感染を防ぐと結論付けられた。Cmr複合体の中央部に位置しているCmr4ともう1箇所別のCmrが分解活性の中心と考えられる。

画像9。TT HB8株のCmr複合体の作用メカニズム

TT HB8株由来のタンパク質は安定性が高く、構造解析に適していることから、研究チームは今後、理研が所有し高輝度光科学研究センターが運用する大型放射光施設「SPring-8」や、そのSPring-8の1に接続するX線自由電子レーザー(XFEL)施設「SACLA」を用いて、超分子複合体の高分解能の構造や分子の動的特性を解析し、各Casタンパク質の役割や作用メカニズムをより詳しく解析することが可能になると考えているという。

また、TT HB8株が持つほかのサブタイプ複合体の構造と機能を同様に解析し、1つの細胞が持つCRISPR-Casシステムを体系的に理解することによって、獲得免疫システムの起源、進化に対する新たな知見が得られると期待できるとしている。