東北大学は9月26日、アハロノフキャッシャー効果を用いることにより、半導体デバイス中で電子スピンのベリー位相を電気抵抗の変化として、直接観測することに成功したと発表した。

同成果は、同大大学院 工学研究科の長澤郁弥博士後期課程1年(日本学術振興会特別研究員)、新田淳作教授、セビリア大学およびレーゲンスブルク大学の国際共同研究グループによるもの。詳細は、「Nature Communications」に掲載された。

ベリー位相は、時間とともに変化する通常の位相とは異なり、状態の辿る経路によってのみ決まるため、幾何学的に保護されているという特徴がある。ベリー位相は様々な現象に現れる普遍的位相であり、これまで光ファイバや超伝導体などを用いて数多く研究されてきたが、電子スピンのベリー位相については直接的に観測された例がなかった。

図1 今回の研究においてスピンベリー位相を現した図。ベリー位相はスピンによって囲まれる球面上の表面積で決まる(青色部分:立体角と呼ばれる)。実線で描かれた波打った線は実際にスピンが辿る経路を現し、その破線からのずれは時間とともに変化する位相の影響に起因する

研究グループは、スピン軌道相互作用と呼ばれる相対論的効果を強く示す半導体2次元電子ガスを用い、半径が0.6μmのリング構造を配列状に1600個作製した。微小リング中では、粒子が波としての性質を示すため、電子スピンの位相を反映した量子干渉が起こり、その干渉強度はリング配列構造の電気抵抗として現す。半導体基板の表面には、リング配列構造全体を覆うように金属の電極が取り付けられており、この電極に電圧(ゲート電圧)を加えることで、スピン軌道相互作用を介してリング中の電子スピンの位相をコントロールできる。このような、電場によるスピンの制御が量子干渉の変化(ここでは、電気抵抗の変化)としてあらわれる現象をアハロノフキャッシャー効果と呼び、スピンの位相を調べるために非常に有用なツールとなっている。実験的に観測されたアハロノフキャッシャー効果は、ゲート電圧に対して量子干渉強度(電気抵抗)が変化している。この振動は、これまでにも観測されていた時間に依存する電子スピンの位相変化によって主に生じている。

図2 (a)半導体基板を微細加工して作製したリング配列構造の電子顕微鏡写真。半径0.6μmのリングが40×40個、配列状に連結されている。(b)リング配列構造の電気抵抗を垂直磁場とゲート電圧に対して示した図(実験結果)。磁場の掃引によってアハロノフボーム(AB)効果が、ゲート電圧によってアハロノフキャッシャー(AC)効果がそれぞれ観測された

さらに、半導体2次元電子ガスに対して平行方向に磁場を加えながら、同様の実験を行った。すると、図3aの点線のように、磁場を加えるにしたがいスピンの位相が正のゲート電圧側にずれることが観測された。このずれは、図3bのように、平行磁場によって電子スピンのベリー位相が変調されることに起因しており、スピンのベリー位相を電気抵抗の変化として直接的に観測した。理論計算により、この実験結果は非常によく再現された。理論計算によると、図3aにて観測された位相のシフトは、平行磁場によるベリー位相の変調のみに起源を持つことが明らかとなった。また、異なるリング半径のデバイスを用いた実験においてもスピンベリー位相による干渉模様のずれが観測され、リング径の違いを考慮すると、ずれの量が理論と定量的によく一致することがわかった。実験結果は、図3dにように、数値シミュレーションによっても再現されているという。

図3 (a)アハロノフ・キャッシャー効果(図2bの赤実線)を平行磁場に対して示した図(実験結果)。(b)平行磁場を加えた際のスピンベリー位相の変化を現した図。立体角が磁場により変調を受け、スピンベリー位相が変化する。(c)平行磁場がスピン干渉に与える影響を摂動論を用いて計算した結果。(d)数値シミュレーションの結果

今後は、ベリー位相を用いた、電子スピンによる飛行量子ビットの実現を目指す。また、新たな物理現象の原理検証、例えば不揮発性メモリとしての機能を有する、エネルギー散逸のない永久スピン流の観測なども視野に入れ、研究を進めていくとコメントしている。