国立環境研究所(NIES)は8月29日、東京家政大学との共同研究により、健康な生活を送るのに必要不可欠な成人の1日におけるビタミンD摂取量の指標とされる、5.5μgすべてを体内で生成するとした場合に必要な日光浴の時間を、日本の3地点である札幌、つくば、那覇について、季節や時刻を考慮した数値計算を用いて求めたと発表した。
成果は、NIES 地球環境研究センター 地球環境データベース推進室の中島英彰室長、同・宮内正厚高度技能専門員ら研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、8月30日発行の日本ビタミン学会の機関誌「Journal of Nutritional Science and Vitaminology」に掲載された。
健康な生活には、必要な量の各種ビタミンの摂取が不可欠だ。その中の1つであるビタミンDについては、厚生労働省「平成21年度国民健康・栄養調査報告」の報告によると、現代の日本人の多くは慢性的に不足しているとされる。同じく厚労省の「日本人の食事摂取基準(2010年版)」では、成人について1日のビタミンDの摂取目安量として、最低5.5μg、上限50μgが推奨され、さらに海外になるともっと多くのビタミンDの摂取を推奨する研究者もいる具合だ。
ビタミンDが不足すると、乳幼児や小児では、「くる病」(カルシウムが骨に沈着しないため、骨の成長障害および骨格や軟骨部の変形が生じる)、成人では「骨軟化症」(くる病の成人版)など、骨に関する疾病が生じる。実際、京都市内で2006年から2007年にかけての1年間に出生した新生児1120人を対象とした調査では、全体の22.0%にビタミンD欠乏症を示唆する「頭蓋ろう」が認められたという。しかも発症には明らかな季節変動性が認められ、胎児の骨量が増加する妊娠後期が太陽紫外光の弱い冬季であった4~5月出生児に、特に頭蓋ろうの頻度が高いという結果が示されている。
従来、日本を含む多くの民族においてビタミンDの必要量の大部分は日光紫外線照射による体内での生成に依存していると考えられてきた。しかし、1980年代のオゾンホール発見などによるオゾン層の破壊が顕在化して以来、紫外線は有害であるとの考え方が浸透(大別して3種類の紫外線の内、UV-Aはそれほどでもないが、UV-B、さらにはUV-Cが有害)。その結果として、太陽光をなるべく浴びないようにするという風潮が広まってきたことが、近年のビタミンD不足の一因と考えられるという。また、特に女性においては、紫外線の照射はシミ・しわの原因となるなど、主に美容上の観点からもなるべく日光浴を避けようとする傾向にあり、若年女性のビタミンD不足も指摘されている。
そうした紫外線による体内でのビタミンD生成を推奨するため、環境省を初めとする関係機関は、画像1の表に示されているような日光浴を推奨中だ。しかし、組織ごとに推奨値に大きな差があり、また紫外線の量にも大きな違いがあること(緯度の差)や季節の違いもあまり考慮されていないという。
そこで今回の研究では、まず緯度の異なる国内の代表的な3地点が選抜された。そして日本人が1日に必要としているビタミンD量を、日光浴のみによって体内で生成するのに必要な日光照射時間について、季節や時刻を考慮した数値計算を用いて導き出したというわけである。
今回の研究で、健康な生活を送るのに必要不可欠な成人の1日におけるビタミンD摂取量の目安とされる5.5μgを、すべて日光照射によって体内で生成させるとした場合に必要な日光照射時間の計算を、1995年にGueymardによって開発された、地上に到達する紫外線量を計算するためのシンプルな放射伝達モデル「SMARTS2」を用いて行われた。
このモデルでは、太陽が発する紫外線に対してまず太陽-地球間の距離において補正が行われ、さらに空気分子による散乱、オゾンなどの分子による吸収、エアロゾルによる散乱と吸収、標準的な地表面の反射特性など、特定の場所・時刻において地上に達するまでに減衰する要因も考慮に入れられている。
また、紫外線は雲が存在すると多重散乱の影響によって大きく変化するため、今回は雲のない晴天日を仮定して計算が行われた。オゾン全量は気象庁が札幌・つくば・那覇で観測しているドブソン分光光度計による日代表値が、エアロゾル量に関しては同様に気象庁がつくばでサンフォトメーターによって正午に観測した値が使用されている。
その結果得られた紫外線スペクトルに、国際照明委員会CIEが2011年に発表した、紫外線の波長とそれによってビタミンD生成を起こす量の関係を示した「CIE作用曲線」を掛け合わせたものを波長290~325nmまで積分して、ビタミンD生成紫外線量とした形だ。このモデルによる計算結果は、気象庁高層気象台がつくばで観測した値と比較して、とてもよい相関を示しているという。
さらに、紫外線によって体内で生成するビタミンD量を計算するためには、ビタミンD生成紫外線が単位量当たりに体内で生成するビタミンD量の値が必要だが、これには英国のDavieらが提唱した論文の値が用いられている。その上、紫外線を浴びる皮膚の色に由来するスキンタイプと皮膚の表面積を仮定する必要もあるが、ここではスキンタイプとしては日本人の平均的な値を「SPT:III」と設定。皮膚の表面積としては、大人の両手の甲と顔を合わせたおおよその面積に相当する600平方cmが用いられた。そして、札幌・つくば・那覇の3地点について、午前9時・正午・午後3時の各時刻において、ビタミンD5.5μgを生成するのに必要となるビタミンD生成紫外線照射時間が求められたのである。
上記の前提条件の下、今回の計算で得られた結果をまとめたのが、画像2の表だ。この表から、7月の晴天日の12時には、札幌・つくば・那覇ではそれぞれ4.6分・3.5分・2.9分で必要量のビタミンD生成を行うことができることがわかる。一方、12月の晴天日の12時では、那覇では7.5分、つくばでは22.4分で生成するのに対し、太陽高度の低い札幌では、必要量のビタミンD生成に76.4分という長い時間が必要となることが判明した。実際には、冬季の札幌は晴天日が少ないため、必要なビタミンD生成のためには、さらに長時間の日光浴が必要となるという。ただし、顔と手だけではなく、足や腕など日光に当たる部位を増やすことによって、必要な日光浴時間を短縮させることが可能だ。
また、ビタミンDは魚やきのこなどの食物や、場合によってはサプリメントによっても体内に補給することができる。よって、冬季の北日本では、食物などからのビタミンD補給と併せて、積極的な日光浴が推奨されるという。なお、1日に消費される以上に得られたビタミンDは体内で蓄積され、ある程度はその効果が持続することがわかっているので、天気のいい日に(無理のない程度に)いつもより多めに日光を浴びておくというのも手だ。
もちろん、紫外線を過度に浴びすぎると、シミや皮膚の黒化、場合によっては「日光角化症」や皮膚がんなどの原因となることが懸念される。その目安としてWHOなどは、皮膚に紅斑を起こす最少の紫外線量を、「最少紅斑紫外線量」=1MEDとして定義しており、この量以上の紫外線を頻繁に浴びないようにすることが望ましい(上記疾病の危険性が高まる)。
ただし今回の計算結果によると、1MEDに達するまでには、必要なビタミンDを生成する紫外線照射時間の約4~6倍が必要だ。よって、1MEDに達しない範囲内で適度な日光浴を行い、十分な量のビタミンDを補給することが、健康な生活を維持するために必要だと考えられるとしている。