東京大学(東大)は、哺乳動物の脂肪細胞の分化を制御する核内受容体「PPARγ」に、その結合配列の周辺でDNAの脱メチル化を引き起こす働きがあることを明らかにし、そのDNA脱メチルが、PPARγ複合体のポリADPリボシル化修飾によるTETタンパク質の誘因によって引き起こされることを発見したと発表した。

同成果は同大大学院農学生命科学研究科の佐藤隆一郎 教授、同大 分子細胞生物学研究所・エピゲノム疾患研究センターの藤木克則氏(日本学術振興会特別研究員)、同大大学院農学生命科学研究科の篠田旭弘氏(当時 博士課程)、同大大学院総合文化研究科の加納ふみ 助教、同大分子細胞生物学研究所・エピゲノム疾患研究センターの白髭克彦 教授、同大大学院総合文化研究科の村田昌之 教授らによるもの。詳細は「Nature Communications」に掲載された。

生物はエピジェネティクスと総称される染色体の局所構造を変化させる機構を用いて、ゲノムDNAに含まれる膨大な遺伝情報のうち必要な遺伝子を活性化し、不要なものを不活性化しているが、その機構の1つ「DNAのメチル化」はこれまでの研究から、近傍遺伝子の不活性化に働くことが報告されていたが、遺伝子の活性化が必要とされた際にどのようにして脱メチル化すべき領域が決定されているのかについては未解明となっていた。

そこで研究グループは今回、哺乳動物の脂肪細胞の分化過程において、配列依存的な転写因子として働き中心的な役割を担う核内受容体「ペルオキシソーム増殖剤活性化受容体γ(PPARγ)」が、DNAの特定配列(PRAR応答配列:PPRE)上においてさまざまな遺伝子活性化補助因子と複合体を形成することに着目。その複合体による脂肪細胞特異的遺伝子のDNAの脱メチル化制御機構に対して研究を行った。

具体的には、脂肪細胞特異的な遺伝子がもつPPRE周辺のDNAメチル化状態を、マウスの脂肪細胞研究において広く用いられている細胞株「3T3-L1細胞」の分化前後で比較したところ、分化前には高メチル化状態にあった各遺伝子のPPRE周辺のDNAが、分化後には脱メチル化している様子を観察。そこで、野生型PPREおよび変異を加えたPPREを持つPerilipin1遺伝子の発現制御領域のDNA配列を3T3-L1前駆脂肪細胞へ導入しメチル化状態の観察をさらに行ったところ、PPREの脱メチル化がPPARγのPPREへの直接的な結合によって引き起こされていることが判明したという。

さらに近年の研究から、DNA脱メチル化にはTETタンパク質による5'メチルシトシン(5mC)の5'ヒドロキシメチルシトシン(5hmC)化とその後の塩基除去修復機構が作用していることが示唆されるようになってきていることから、PPARγによるDNA脱メチル化におけるこれらのメカニズムの関与の検証を実施。その結果、3T3-L1の脂肪細胞分化の5~7日目において一過性の5hmCの増加が見られることが確認されたほか、脱メチル化領域の周辺で5hmCが特異的に増加している様子が、抗5hmC抗体を用いたDNA免疫沈降により観察された。また、shRNAによるTETタンパク質のノックダウンにより、同領域における5hmCの生成にTETタンパク質が関与していることが示されたとする。

また、これまでの研究から、脂肪細胞の分化過程はポリADPリボース合成酵素(PARP)の阻害剤によって抑制されることがこれまでの先行研究により知られているほか、PARPがPPARγ複合体中に含まれ、その働きを調節していることも示されていることから、DNAの複製や損傷に反応して起きるタンパク質修飾で、DNA修復関連酵素などの損傷部位へのリクルートや周辺部位でのクロマチン構造の変化に関与しているとされている「ポリADPリボシル化(PAR化)」ののPPARγによる領域限定的な脱メチル化への影響をPARP阻害剤を用いて検証したところ、阻害剤濃度依存的な脱メチル化の抑制が引き起こされる様子が観察された、加えて、PARPの阻害はPPARγによるPPRE周辺の5hmCの増加を妨げることも確認されたほか、TETタンパク質中に複数あるPAR結合モチーフはPAR鎖への結合能力が示され、これらの結果から、研究グループでは、PPARγ複合体中のPARPによるPAR化が、PPRE周辺のTETタンパク質による5hmC化に関与していることが示唆されたと説明する。

脂肪細胞分化過程におけるPerilipin1プロモーター領域の脱メチル化による遺伝子発現制御機構の概略。前駆脂肪細胞にはPPARγ発現はほとんどなく、脂肪細胞分化に伴い発現量が上昇する。PPARγ複合体にはポリADPリボース合成酵素(PARP)が含まれ、これがTETタンパク質を誘引し、DNA脱メチル化を引き起こす。その結果として、脂肪滴表面タンパク質Perilipin1発現が上昇し、脂肪滴形成が盛んに行われるようになる

なお研究グループでは、今回の成果について、DNA脱メチル化の領域決定機構の解明の端緒となる重要な発見であると説明しており、今後の研究により脂肪細胞分化に伴う脂肪滴形成の分子機構が明らかになれば、抗肥満を目指した創薬、機能性食品の創製も可能になるとコメントしている。