東京大学(東大)は、全世界で年間1億140万人の乳幼児が感染し、下痢症などを誘発する「ロタウイルス」に対し、コメ型経口ワクチンMucoRice開発技術で培ったイネ発現系を用いることで、ヒトに感染する代表的な5株の異なったロタウイルスを中和できるナノ抗体(コード名:ARP1)を高発現させたコメ(MucoRice-ARP1)を開発したことを発表した。
同成果は同大医科学研究所 炎症免疫学分野の幸義和 助教、同分野リサーチレジデントの徳原大介氏(現 大阪市立大学大学院 医学研究科 発達小児医学分野講師)、同大医科学研究所 炎症免疫学の清野宏 教授、英国リバプール大学のMiren Iturriza-Gomara講師、蘭ユニリーバのLeon G.J. Frenken氏、スウェーデン カロリンスカ研究所のLennart Hammarstrom教授らによるもの。詳細は「Journal of Clinical Investigation」に掲載された。
ロタウイルスに対しては現在、2種の経口ロタワクチンが開発され、日本を含む世界数十カ国で承認されているが、同ワクチンの接種は、腸重積(腸管が腸管にはまり込むことでおこる腸閉塞)のリスクを避けるために生後6週~32週の間に限られているほか、感染流行時や病院での突発的発生時、地震などの災害時、乳幼児が免疫不全である場合には投与できないという課題があり、ワクチンが接種できない状況下で使用が可能な安価な別戦略として、ロタウイルスに対する抗体を経口投与する受動免疫療法が考えられてはいるものの、従来のポリクローナルおよびモノクローナル抗体は一般的には大量製造ができず、高価で、かつ不安定であるため経口受動免疫療法には不向きであった。
こうした課題を受け近年、従来の抗体に比べ酸や熱などに安定なラマ由来の1本差抗体分子の抗原結合部位フラグメントが比較的低分子(分子量12kDa)な「ナノ抗体」として注目されるようになってきており、研究グループでは今回、そうした流れからナノ抗体を発現させたコメを開発したという。
実際に開発されたMucoRice-ARP1のナノ抗体発現は玄米重量の0.9%であり、そのコメ粉末を生理食塩水で懸濁した後、できたナノ抗体の95%に当たる0.85%が上清(抽出液)に溶けることが示され、それをロタウイルス(RRV)を感染させた幼弱マウスに経口投与したところ、予防的経口処理のみならずロタウイルスを感染させた後の治療的経口処理においても下痢を有意に抑制することを確認したという。
また、MucoRice-ARP1は常温1年以上安定であり、MucoRice-ARP1抽出液は30分間煮沸してもなお、煮沸していない抽出液と比べた場合において、幼弱マウスの下痢抑制効果を40%以上保持することも確認したほか、コメの代わりに酵母に作らせ、部分精製したARP1による臨床研究(バングラデシュにて実施)において下痢抑制効果が確認されており、その結果、MucoRice-ARP1は酵母に作らせたARP1と同等の効果とそれ以上の高い安定性と低価格を実現できることが期待できると研究グループでは説明する。
なお、今回開発された無精製MucoRice-ARP1コメ粉末は、開発途上国での使用はもちろん、先進国においても、ロタウイルスの突発的発生や災害時のみならず、ワクチン接種を逃した乳幼児や免疫不全の乳幼児などの感染予防・治療用抗体として、投与時に水に懸濁させて"飲む抗体"として使用することが可能であり、研究グループでは、同手法がロタウイルスのみならず、ノロウイルスのような他の腸管感染症の予防と治療への道を拓くものとして期待できる技術となるとコメントしている。