東京大学(東大)と高輝度光科学研究センター(JASRI)、英ラザフォードアップルトン研究所、仏リトラル大学は8月3日、無容器法を用いることで、これまでガラスにならないと考えられていた希土類酸化物(La2O3)とニオブ酸化物(Nb2O5)のみからなる組成の新しい2種類のガラスの開発に成功したと発表した。

同成果は、東大 生産技術研究所の増野敦信助教、井上博之教授、JASRIの小原真司主幹研究員、英ラザフォードアップルトン研究所のAlex C. Hannon研究員、仏リトラル大学のEugene Bychkov教授らによるもの。詳細は米国化学会(ACS)の材料化学専門誌「Chemistry of Materials」に掲載された。

屈折率の高いガラスは、主にレンズとして様々な製品に利用されている。中でも、モバイル機器に搭載されているカメラモジュールでは、小型化、高性能化を図るため、高屈折率ガラスの激しい開発競争が繰り広げられている。可視域で無色透明を保ったまま高い屈折率を示すガラスを作るためには、SiO2やB2O3、P2O5などの網目形成酸化物に、La2O3やNb2O5などの含有量を増やすことが効果的とされており、こうした設計指針に基づいてガラスの組成が調整されている。しかし、ガラス形成則によれば、La2O3やNb2O5などを大量に含有させるとガラスにならないとされているため、無色透明高屈折率ガラスの開発には原理的に高いハードルがあると考えられていた。

今回の研究では、無容器法を用いることで、希土類酸化物(La2O3)とニオブ酸化物(Nb2O5)のみからなる2種類の新しいガラスが開発された。いずれも無色透明であると同時に、2.1~2.25の高い屈折率を有する。また、2種類のガラスは、密度や光学特性、熱的安定性などが異なっているという。

無容器法を用いたガラス作製装置。試料は円錐ノズルから吹き出るガスにより浮遊し、CO2レーザで加熱融解される。写真は浮遊している高温酸化物融体

また、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL04B2での高エネルギー放射光X線実験と、英国ラザフォードアップルトン研究所中性子実験施設ISISでの中性子回折実験から得られたデータをもとにした計算機シミュレーションによる構造解析の結果、含まれている元素のイオン性が極めて高く、かつそれらが隙間なく密につまっていることが、高い屈折率の直接的な原因であることを突き止めたという。

ガラス構造を3次元的に可視化し、その高密度状態が、一般的なガラスとは異なる局所構造によって実現されたものであることが原子レベルで示されたわけだが、中でもランタンガラスとニオブガラスでは、NbOn多面体のつながりがまったく異なることが示されたという。

具体的には、充填密度がより高いニオブガラスでは、歪んだNbOn多面体が頂点を共有して形成されたネットワークに、頂点共有だけでなく稜共有(多面体の辺を共有)したLaOx多面体がNbOnネットワークの合間を縫って連なっていたが、ランタンガラスは、対称性の高いNbOn多面体が稜共有することで形成された小さなクラスタが、LaOx多面体ネットワーク中に不均一に分布していたとのことで、こうした振る舞いは従来のガラス形成則の考え方からは逸脱しており、研究グループでは、今回の高屈折率ガラスが、本質的に新しいタイプのガラスになる可能性が示唆されたと説明している。

無容器法を用いて合成されたランタンガラス(La2O3の組成が多いガラス)とニオブガラス(Nb2Oの組成が多いガラス)。写真ではまったく同じ無色透明のガラスに見えるが、実験データに基づいた計算機シミュレーションより得られたガラスの3次元原子配列には、両ガラスに顕著な違いが見られる

ガラス形成則は、提案されてから100年近くにわたり、ガラス科学の発展に寄与してきたが、それがガラスの研究を特定の化学組成範囲に縛り付けてきた点も否定できないと研究グループでは説明する。同形成則に従えば、ガラスの主成分となり得るのは、元素の周期表の右上に位置する元素の酸化物に限られるが、今回の研究では、周期表の左下の酸化物のみを組成としたガラスを実現できることが示され、ガラス科学にとって新たな材料空間が存在することが示された。そのため、周期表の左下の元素からなる、重くてイオン性の高い酸化物を用いた新しい組成のガラスは、従来のガラスの常識では考えられないような革新的な機能もつ新しい"イオン性"ガラス領域として活用される可能性があるという。

元素の周期表。一般的な酸化物ガラスには右上に青く塗りつぶした元素のどれかが必ず含まれていなければならない。一方、研究グループは、これまでに左下の元素だけの組み合わせでもガラスになることを示した

なお、今回開発されたガラスは、その優れた光学特性から、超高精細、高解像度を実現する光学レンズとしての応用が期待されるとのことで、すでに研究グループでは、スマートフォンやタブレットPC用カメラの高性能化や、身体への負担を軽減するための内視鏡の小型化などを目指した開発競争が始まっているとしており、研究グループでも、同材料を日本発の新素材として、基礎研究段階から製品化プロセスへの速やかな移行を行っていく必要性があるとしている。