東北大学と京都産業大学は、独IFW理論研究所と共同で、カゴメ格子構造をもつ磁性体モデルの磁化過程を正確に同定することに成功し、5つの磁化プラトーと呼ばれる、磁場に反応しないスピン状態の存在を明らかにしたと発表した。

同成果は、東北大大学院 理学研究科の柴田尚和准教授、京都産業大学 理学部の堀田知佐准教授らによるもの。IFW理論研究所の西本理研究員と共同で行われた。詳細は、英国の科学雑誌「Nature Communications」に掲載された。

通常の反強磁性体では、スピンが交互に向きを変えながら並ぶ規則的な構造が現れる。しかし、1970年代から、三角形の格子の頂点にスピンが存在する系の研究が進み、絶対零度までどのようなスピン構造の規則的配列も不安定になるフラストレートした状況を作り出すことができると考えられるようになり、その流れの中で、様々な向きにスピンがゆらぐ巨大なエントロピーを有するスピン液体の探索が始まった。2003年には、κ-ET2Cu2(CN)3という三角格子構造の有機物質で、スピン液体が見つかったが、現在に至っても、この有機物質およびカゴメ格子磁性体などのごく少数の物質でしかスピン液体と考えられる状態は観測されていない。

スピン液体の理論研究は、1990年代から精力的に行われ、カゴメ格子モデルが絶対零度までスピン液体状態を保つ最有力候補として注目を集めてきた。しかし、磁場をかけたときに、それとは異なる第2のスピン液体が現れることは予想されておらず、今回の研究で初めてその存在が明らかにされたこととなった。

元々、フラストレートした状況を生み出すモデルの理論的な取り扱いは難しく、最新のスーパーコンピュータを用いても、数十程度のスピンの系しか厳密に扱うことはできない。そのため、従来の理論研究では、階段状の磁化ステップしか得られず、磁化曲線の概形は分かるものの、磁化プラトーと呼ばれる、特殊な磁場中の安定状態を同定することは困難だった。

反強磁性体の局在スピン間には、互いに反対方向を向こうとする相互作用が働く。正方格子の場合は、すべての隣り合うスピンが互いに反対方向を向く反強磁性(左)状態が安定になる。一方、三角のユニットでは、3つのスピンがすべて互いに反対方向を向く配置は存在せず、スピン間にフラストレーションが生じる。カゴメ格子は、三角形をつなげて作る格子なので、特にフラストレーションが強く、絶対零度近くまで巨大なエントロピーが残ると考えられている

これら磁化プラトーのうち、1/9プラトーは、磁場中で実現する初めてのスピン液体になる。一般に、磁性体は、低温で対称性の破れを伴う相転移を起こし、強磁性や反強磁性のようなスピンの向きが固定された「固体」構造を形成する。スピン液体は、このような固定された構造をとらずに幾何学的フラストレーションと量子力学的揺らぎの効果によって、絶対零度でもスピンの向きが凍結しない状態を指す。1/9プラトーで今回新しく発見された状態は、Z3スピン液体と呼ばれる、実験のみならず理論モデルでもほとんど見つかったことのない新しいスピン液体である。カゴメ格子とは図2のように、竹で編んだ籠の網の目の構造をもつ格子のことで、例えば、ZnCu3(OH)6Cl2、Rb2Cu3SnF12のような遷移金属化合物は、このようなカゴメ格子に近い結晶構造を持ち、各格子点(白い網線の交点)上に電子スピンが局在している。

今回の研究によって得られたカゴメ格子磁性体の磁化曲線。磁化が0、1/9、1/3、5/9、7/9の分数値に、磁化プラトーと呼ばれるフラットな構造が現れ、それぞれが異なった量子相を形成している。0と1/9のプラトーはZ2およびZ3スピン液体であり、後者は今回初めて見つかった。スピン液体の状態ではスピンは左上図のように空間的な磁気構造を持たない。一方、1/3、5/9、7/9のプラトーでは、星型をユニットとする磁化の周期的構造(右下図)が観測され、磁気的な「固体」相を形成している。

これらの磁性体では、隣接するスピン間の相互作用が、互いに牽制し合う効果により単純な磁気構造の形成が許されず、極低温まで量子力学的にフラフラと揺らぐ、いわゆる「フラストレーション」を強く反映した特異な状態になる。今回の研究で扱ったカゴメ格子のスピン1/2ハイゼンベルグモデルは、フラストレーションの効果によって低温までスピンが液体状態を保つと考えられていた最有力候補のモデルで、特に最近、欧米を中心に活発に研究されていたが、精密な理論計算が困難であり、決定打となるような研究はこれまでなかった。

今回の成果は、研究グループが開発した新しい数値解析法(グランドカノニカル解析)と大規模計算技術(密度行列繰りこみ群)の融合によって、このカゴメ磁性体に磁場を加えたときに現れる磁化曲線を理論的に明らかにしたものであり、120個ほどのスピン数の状態から、1023個の巨視的な数のスピンの磁化過程を0.1%の誤差の範囲で得ることが可能だ。

零磁場での従来のスピン液体の存在を含め、計5つの磁化プラトーの確認とその性質の解明に寄与したとするほか、研究グループでは、磁場下におけるスピン液体の発見が、多彩なスピン液体の発現機構やその特徴を理論と実験の両面から明らかにする突破口になると考えられることから、今後のスピン液体研究の発展につながることが期待されるとコメントしている。