慶應義塾大学(慶応大)は6月7日、これまでにハトやブンチョウで報告されていた、絵画を見分ける能力が、マウスにもあることを実験により突き止めたと発表した。
同成果は、同大の渡辺茂 名誉教授らによるもの。詳細は米国科学誌「PLOS ONE」オンライン版に掲載された。 今回の実験は2種類の実験装置を使って行われた。1つ目は3区画からなる長方形の装置で、両端にiPodを設置、スライドショーにより次々と絵画が流れており、センサでマウスがどちらの絵のある区画にどのくらい居たのかを調べた。この実験では、滞在時間の差から絵に好みがあるかどうかがわかるという。
具体的には、モルヒネ(3mg/kg)を注射した後、一方の区画にマウスを閉じ込め、スライドショーによる絵画を見せた後、翌日は生理食塩水を同様に注射して他方の区画に閉じ込め、別の絵を見せるという作業を3回ずつ繰り返し、その後、何も注射しない状態で装置の中を自由に歩かせるという方式を採用した。ここでは、モルヒネが快感を起こすことから、もし、マウスが絵の区別をしているのであれば、モルヒネ注射の時の絵のある区画に長く滞在するようになるはずという仮説が立てられた、
もう1つの装置はタッチスクリーンで一対の絵画が映し出されるという仕組みで、一方の絵(例えばカンディンスキーの絵)に触ればミルクが与えられるが、他方の絵(例えばモンドリアン)に触ってもミルクは貰えないというもの。こちらの装置による実験では、もし、絵の区別ができるのであれば、ミルクが貰える絵にタッチするようになるはず、という仮説が立てられた。
実験としては、最初にマウスが抽象画であるカンディンスキーとモンドリアンの絵、それぞれ10枚ずつを流し、どちらの絵の近くに長く滞在するかを調べたが、ほとんどのマウスは滞在時間の差(好み)を示すことはなく、これはキュビズムのピカソと印象派のルノアールで比べた場合でも同じだったという。
しかし、一方の絵を見ているときにモルヒネを注射し、他方の絵の時には生理食塩水を注射した後では、マウスは明らかにモルヒネを注射される絵の近くに長く滞在するようになることが観察されたほか、モルヒネ注射の時に絵画の一部(例えば5枚のカンディンスキー)だけ見せて、他の絵画(残り5枚のカンディンスキー)は見せないようにすると、見せられなかった絵画でも注射の後ではそちら側に長くいるようになることが確認されたという。この結果について、研究グループは、「般化」と呼ばれる現象で、マウスがあるスタイルの絵画(この場合はカンディンスキー)を1つのグループとして区別したことを示すとする。
また、タッチスクリーンをタッチすると報酬がもらえるようになる実験では、カンディンスキーとモンドリアンの一対の絵画を正しく区別できるようになった後に、別の対で訓練をするという行動を4回繰り返したところ、初めて見せられる対でも8割近く正しく選べるようになったものの、絵画をピカソとルノアールに換えた場合、正しく選択できなくなったことが観察されたことから、マウスが絵画のスタイルを1つのグループとして区別していることが示されたとする。
2つ目の実験で4個体のマウスのカンディンスキーとモンドリアンの絵画のタッチスクリーンを使った区別の実験結果。縦軸は正答率を示している。小さな矢印のところで新しいカンディンスキーとモンドリアンの絵画に変わる。この繰り返しでマウスは新しい絵画でもすぐ区別ができるようになる。最後の太い矢印からはピカソとルノアールの区別が訓練されるが、画家が変わるとマウスはなかなか区別ができないことを示している |
ヒトは哺乳類の中で視覚を重要な感覚とする動物だが、マウスは、嗅覚や聴覚に優れているものの、視覚はあまり使っていないと考えられてきた。しかし、最近の研究から、仲間の状態の認知のような社会認知では視覚も用いていることがわかってきており、今回の研究から、マウスにとって何の意味も持たない人間の絵画であっても、社会認知などに使っている視覚認知能力を利用することで絵画を区別していることが考えられるようになったことから、研究グループでは、今回の実験結果は、マウスが従来考えられてきたよりずっと優れた視覚認知能力を持つことを示すものとなったと説明するほか、絵画のような複雑な刺激の認知がヒト以外の動物に広がっていることを意味するものであるとしている。