東京大学と海洋研究開発機構(JAMSTEC)は5月29日、日本の「三波川帯」に大量に分布する「別子型銅鉱床群」がジュラ紀後期の約1億5000万年前に生成したことを見出し、中央海嶺の極めて活発な火山・熱水活動→大規模な海底熱水硫化物鉱床の生成および大気中の二酸化炭素濃度の上昇→極域の氷床の消滅→海洋大循環の停止→グローバルな無酸素海洋の発達→海底熱水硫化物鉱床と石油鉱床の保存、という一連の地質現象を引き起こしたことを明らかにしたと共同で発表した。

成果は、東大大学院 工学系研究科の加藤泰浩教授、同・野崎達生客員研究員、JAMSTECの鈴木勝彦チームリーダーらの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間5月29日付けで英国オンライン科学誌「Scientific Reports」に掲載された。

金属資源の供給源である鉱床の成因・生成メカニズムにはまだ多くの謎が残されている。特に、日本の近代化を支えた愛媛県新居浜市の別子銅山(1691~1973の間に約3300万tの鉱石、約75万tの銅を生産)に代表される別子型銅鉱床群は、太古の海底で生成した硫化鉱物資源が、日本列島の島弧地殻に付加したものであることはわかっているが、年代決定に有効な微化石などが産出されないため、いつ鉱床ができたのかは完全に謎だった。そのため、最先端の化学分析手法により鉱床の生成(堆積)年代を、鉱石試料から直接決定する技術が長らく求められていたのである。

なお別子型銅鉱床群とは、火山活動に伴う熱水活動によって生成される火山性塊状硫化物鉱床の1種のことだ(以前は「キースラガー」と呼ばれることが多かった)。中央海嶺における玄武岩火成活動に伴う熱水活動によって、海底で生成した熱水硫化物鉱床が陸上に付加した銅鉱床である。鉱床を形成する主要な構成鉱物は、「黄鉄鉱(FeS2)」、「黄銅鉱(CuFeS2)」、「閃亜鉛鉱(ZnS)」、「磁硫鉄鉱(Fe1-xS)」などだ。

また硫化鉱物資源が日本列島の島弧地殻に付加するとは、プレートテクトニクスによって移動してきた海洋地殻の一部が剥ぎ取られ、大陸地殻に取り込まれることをいう。実は、日本列島の大部分は中生代~新生代の付加体から構成されているため、別子型銅鉱床群を初めとする海底で生成したさまざまなタイプの鉱床が分布している。

今回の研究では、東大総合研究博物館に保管されていた別子型銅鉱床群の鉱石試料(4鉱床の合計48個)、さらに2008~2011年にかけて野崎研究員が四国地方の三波川帯に分布する別子型銅鉱床群から採取した鉱石試料(7鉱床の合計70個)の分析が行われた。

ちなみに三波川帯とは、西南日本外帯に位置し、東は関東山地から西は九州地方の佐賀関まで達する走向延長800km、最大幅30kmの地質帯のことである。海洋地殻が地下数10kmまで沈み込んだ後に、上昇して陸上に付加した岩石(変成岩)によって構成される低温・高圧型の変成帯だ。

鉱石試料から粉末試料を作成した後に、硫化鉱物(硫黄と結合している鉱物群)のみを分離した粉末試料が調製された。そして、JAMSTEC 地球内部ダイナミクス領域(IFREE)に設置されている「負イオン表面電離型質量分析装置(N-TIMS)」(対象元素を熱によって負イオン化させ、対象元素の含有量を質量数によって選別して測定を行う質量分析装置の1種)を用いて、「Re-Os(レニウム-オスミウム)年代測定法」(画像1)により、硫化鉱物の生成年代を決定した。

なおRe-Os年代測定法とは、Re(原子番号76)の同位体で、187Re(中性子111個)が半減期416億年(宇宙の年齢よりも何倍もの時間がかかる)で「β-壊変」し、Os(原子番号77)の安定同位体である187Os(中性子111個)を生じる放射壊変系を利用した年代測定法だ。Re、Osは共に親鉄・親銅元素であるため、別子型銅鉱床を構成する硫化鉱物に濃集する性質があり、硫化物鉱床の生成年代を直接的に決定できる数少ない手法である。分析によって得られる187Re/188Os比および187Os/188Os比からアイソクロン(等時線)を引き、その傾きから年代を得ることが可能だ。

画像1。Re-Os年代測定法の原理

Re-Os年代測定法により別子型銅鉱床群の生成年代が求まれば、これまでに明らかになっている三波川帯や日本列島の地質構造史と照らし合わせることにより、海底で鉱床が生成してから日本列島に付加し、現在に至るまでの一連の地質学的過程を理解することができるというわけである。

年代測定の結果、三波川帯に分布する11の別子型銅鉱床(画像2)の生成年代決定に成功した。鉱石試料の採取地は東西400km以上の広範囲に及ぶにも関わらず、11の別子型銅鉱床の年代値は約1.5億年前(1.44~1.55億年前:ジュラ紀後期)に集中していたのである(画像3)。

画像2。今回の研究対象地域の位置図(今回の論文より抜粋)

画像3。11の別子型銅鉱床から得られたRe-Osアイソクロン年代(今回の論文より抜粋)

三波川帯に分布する別子型銅鉱床群が日本列島の島弧地殻に付加したのは、9000万年前~1.2億年前であるため、別子型銅鉱床群が中央海嶺の熱水活動によって遠洋海域で生成されてから日本列島に付加するまで、少なくとも数千万年以上を海洋プレートに載って移動してきたことが明らかになった。

別子型銅鉱床群を構成する硫化鉱物は、現在のような酸化的海洋環境下では不安定であり、海水中に溶解するか、あるいは酸化されて鉄酸化物に変わってしまうことがわかっている。従って、約1.5億年前の地球には、海底で熱水硫化物鉱床を大量に生成すると同時に、それらが溶解されずに保存されるメカニズムが働いていたと考えられるという。

約1.5億年前の地球環境は、さまざまな地質学的証拠から、(1)海水の「87Sr/86Sr同位体比」が過去3億年間で最も低かったこと、(2)大気中の二酸化炭素濃度が現在よりも数倍以上高かったこと、(3)現在よりも温暖な気候であり、極域に氷床が存在していなかったことが明らかになっている。

なお海水の87Sr/86Sr同位体比は、河川水と熱水の両フラックスのバランスによって決定される。現在の地球では、河川水および熱水の87Sr/86Sr同位体比は、それぞれ0.7136と0.7030と考えられており、海水の87Sr/86Sr同位体比は高い値を有する河川水の強い影響によって0.70917を示す。海水の87Sr/86Sr同位体比が低下していた時代には、熱水活動が盛んであったか、河川水フラックスが減少していたと考えられるというわけだ。

これらの地質学的証拠および今回の研究で得られた別子型銅鉱床群の生成年代から、「別子型銅鉱床群を生成させた極めて活発な中央海嶺の火山・熱水活動→大規模な海底熱水硫化物鉱床の生成および大気中の二酸化炭素濃度の上昇→極域の氷床の消滅→海洋大循環の停止→グローバルな無酸素海洋の発達→大規模な海底熱水硫化物鉱床の保存の促進」という一連の地質現象がジュラ紀後期に起こっていたと考えることで、すべてのデータを整合的に説明できるとした(画像4~6)。

画像4。別子型銅鉱床の Re-Os年代と海水の87Sr/86Sr同位体比および大気 CO2濃度の経年変動曲線(今回の論文より抜粋)

地質学的証拠から想定される現在(画像5(左))とジュラ紀後期(画像6)の地球環境と鉱床の生成・保存

また、ジュラ紀後期は、硫化物鉱床と同じく酸化的環境下で分解されやすい有機物からなる石油鉱床の根源岩が地球史を通じで最も多く堆積した時代であることから(画像7)、活発な中央海嶺の火山・熱水活動によって引き起こされたジュラ紀後期のグローバルな無酸素海洋の発達が、大規模な海底熱水硫化物鉱床の生成と保存のみならず、石油鉱床の生成と保存にも寄与していたと考えられるという。つまり、太古の無酸素の海が人類が日々利用している銅資源や石油資源をもたらしてくれたのだ。

画像7。石油鉱床を形成する根源岩の堆積年代分布(McCabe,2008石油技術協会春季講演会資料)

これまでにも、ペルム紀-三畳紀境界(2.52億年前)、ジュラ紀前期(トアルシアン:1.83億年前)、白亜紀前期(1.2億年前)など、グローバルな無酸素海洋の発達が地球史を通じて幾度か起こったことは知られていたが、今回の研究成果は約1.5億年前のジュラ紀後期にもそれが発達していたことを示す初の証拠となった。今後、今回の研究成果をきっかけとして、ジュラ紀後期のグローバルな無酸素海洋の発達や生物大量絶滅事変に関する研究の進展が期待されるという。

また、これまでの鉱床学の研究では鉱床の「生成プロセス」に重点がおかれていたが、今回の研究成果により、鉱床の生成だけでなく「保存プロセス」も重要であることが明らかとなった。さらに、今後は世界中に分布する付加体の内、ジュラ紀後期の地層が別子型銅鉱床の探査の有望なターゲットになると考えられる。今回の研究成果は、第一級の資源探査指針として活用されることが期待されるとした。