理化学研究所(理研)は5月29日、2層の強磁性体をs-波超伝導体で挟んだ「強磁性ジョセフソン接合」を考案し、電子スピンの向きが平行な電子対(スピン三重項クーパー対)によるスピンの流れ(スピン流)が、強磁性体中を長距離にわたって伝搬することを理論的に見いだしたと発表した。

同成果は、理研 柚木計算物性物理研究室の柚木清司 准主任研究員と挽野真一 基礎科学特別研究員らによるもの。詳細は米国の科学雑誌「Physical Review Letters」オンライン版に近日掲載される予定。

超伝導体で絶縁体を挟んだ構造である「ジョセフソン接合」だが、絶縁体を強磁性体に置き換えた接合は「強磁性ジョセフソン接合」と呼ばれており、量子コンピューターの基本素子となる可能性があると期待されている。

強磁性ジョセフソン接合では近年、s-波超伝導体という電子スピンの向きが反対になって対を形成(スピン一重項クーパー対)して超伝導状態になる超伝導体で強磁性体を挟むにもかかわらず、近接効果によって、電子スピンの向きが平行となったスピン三重項クーパー対が強磁性体に誘起される現象が注目されるようになってきた。

スピン三重項クーパー対は強磁性体の磁気の影響を受けにくく、スピンの向きが平行なためスピン角運動量の大きさが電子スピンの2倍と大きくなるが、強磁性ジョセフソン接合に関する研究では、電荷の輸送現象の研究は進んでいるものの、スピン角運動量の輸送現象の研究はほとんどされてこなかったという。

また、半導体プロセスの微細化限界が近づきつつあり、新たな技術として電流に加え、スピン角運動量の輸送(スピン流)も利用する「スピントロニクスデバイス」に注目が集まってきているが、スピン流は、電流とは異なり保存されないために、試料の端からある程度伝搬すると消失してしまうという課題があり、これまでのスピン流は、典型的には10nmル以下で消失してしまうため、スピン流を効率良く長距離伝搬させる手段の開発が求められていた。

今回研究グループは、強磁性体中を長距離にわたって伝搬するスピン流の原理を提案するために、磁化の方向が違う2層の強磁性体をs-波超伝導体で挟んだ強磁性ジョセフソン接合を考案した。

強磁性ジョセフソン接合の模式図。強磁性体1の磁化の方向は、強磁性体2の磁化の方向に対してある角度aで傾いている

この場合、1つ目の強磁性体の磁化の方向は、2つ目の強磁性体の磁化の方向に対してある角度aで傾いており、角度aが0または180度以外では、強磁性体中を長距離伝搬できるスピン三重項クーパー対によるスピン流が誘起されることとなる。

また、強磁性体中の不純物の散乱が強く、電荷の流れやスピン流が拡散的に流れる場合(拡散伝導領域)を想定した強磁性ジョセフソン接合の輸送現象を、数式で理論的な解明を実施。具体的には、準古典グリーン関数法とウサデル方程式を用いて、スピン流(jS(L))やジョセフソン電流(jC(L)と2つ目の強磁性体の厚さ(L)の関係を調査。

近接効果によって強磁性体へ侵入したスピン三重項クーパー対は、強磁性体の膜厚を増加させると単調に減少(膜厚依存性)するが、今回調査を行ったスピン流も、2つ目の強磁性体の膜厚(L)の増加とともに単調に減少する、膜厚依存性の特徴が示されたほか、クーパー対の大きさを現すコヒーレンス長(xD)は、数十から数百nm程度であることが確認されたことから、今回のスピン流は、従来の強磁性体中を流れる電子スピンのスピン流よりも、数十から数百倍の距離を伝搬できることが判明したという。

上が伝導/強磁性接合におけるクーパー対の波動関数の空間変化の概念。強磁性体へ侵入したスピン三重項クーパー対は、強磁性体の膜厚を増加させると単調に減少する膜厚依存性を示し、スピン一重項クーパー対は、強磁性体の磁気の影響で対崩壊によってスピン一重項クーパー対は消失しやすくなり空間的に振動する。下がスピン流(実線)とジョセフソン電流(破線)の強磁性体の膜厚依存性。スピン流(jS(L):実線)とジョセフソン電流(jC(L):破線)の計算した結果を、強磁性体2のLをクーパー対の大きさ(xD)で規格化した値の関係。ただし、超伝導電流は、絶対値を表示している

さらに、同スピン流は、強磁性体の磁気を強くしていっても、その影響を受けにくいことも確認されたほか、近接効果によって、電子のスピンの向きが反対であるスピン一重項クーパー対が強磁性体へ侵入すると、強磁性体の磁気の影響でスピン一重項クーパー対は対崩壊によって消失しやすく、空間的に振動すること、ならびに今回理論的に求めたジョセフソン電流は、強磁性体の膜厚(L)の増加と磁気の影響(hex)によって強い減衰振動を示したことから、このジョセフソン電流はスピン一重項クーパー対によって運ばれていることが判明したという。

今回の理論的解析は、スピン三重項クーパー対で運ばれるスピン流は強磁性体の磁気の影響を受けないため、強磁性体の膜厚が厚くなっても一桁程度の減衰ですみ、消失しないこと、ならびにスピン一重項クーパー対で運ばれるジョセフソン電流は磁気の影響で実質的にゼロとなることを示すもので、研究グループでは、スピン三重項クーパー対のスピン(スピン流)と電荷の流れ(ジョセフソン電流)を実質的に分離できることを示す成果と説明しており、新たな物性物理学の現象であるとする。

また、今回の成果を応用すると、近接効果によって強磁性体中にスピン三重項クーパー対が誘起されることを実験的に証明できるデバイスの作製にもつながることが期待できるとのことで、今後は、弾道的な伝導領域の理論を構築し、スピン三重項クーパー対によるスピン流の性質を詳しく調べていく予定としている。