放射線医学総合研究所(放医研)は5月24日、がん細胞に放射線を照射してから24時間後に、その効果の有無が画像として確認できる手法を開発し、マウスの大腸がんモデルを用いて証明したことを発表した。

同成果は放医研 分子イメージング研究センター分子病態イメージング研究プログラムの青木伊知男チームリーダー、齋藤茂芳博士研究員(客員協力研究員、現 大阪大学)、長谷川純崇主任研究員、関田愛子、バカロバ・ルミアナ主任研究員、古川高子チームリーダー、佐賀恒夫プログラムリーダーおよび大阪大学大学院医学系研究科・放射線技術科学専攻の村瀬研也教授らによるもの。詳細は国際的学術誌である米国「Cancer Research」オンライン版に掲載された。

放射線によるがん治療はほかの治療法と比較して苦痛が少ないという利点から、利用者は増加傾向にある。しかし、放射線を用いたがん治療は、がんの種類やがん内部の状況、がんの周辺の環境が多様であるため、同じ条件で照射しても、同じ効果が得られるとは限らないという難点があるため、治療にあたり、効果をMRIやCTなどで確認する必要があり、一般的には、その治療効果の確認は、腫瘍の体積の変化を照射後から数週間~数カ月かけて経過観察する方法が用いられているが、長期の経過観察が必要なため、治療効果がないと判明した時には転移などが発生してしまっている場合があった。

そこで研究グループは今回、放射線がん治療の効果を迅速に画像として確認する方法を開発することを目的として、顕微鏡に近い100μm以下も検出可能な高解像度を持つ7Tの高磁場MRIと機能性造影剤の1つであるマンガン造影剤を組み合わせた研究を行った。

具体的には、最初に試験管内実験を実施。大腸がんの細胞を片方には20GyのX線を1回照射し、もう一方は照射しなかった(非照射)2つ塊に分け(通常、固形がんの放射線治療では合計50Gy程度が分割して照射されるという)、照射24時間後に、マンガン造影剤を両方の細胞に混ぜ、30分間培養した後に、造影剤を洗い流したところ、放射線を照射した細胞では、非照射と比べて造影剤の取り込み量が低下し、MRIの信号が低下することが判明した。

Aはがん細胞の塊のMRI。左が放射線照射を行わない細胞、右が放射線照射を行った細胞。放射線照射の24時間後に、機能性造影剤であるマンガン造影剤と一緒に30分間培養し、その後、細胞外の造影剤を取り除くために洗浄したもの(信号の強度は、活動しているがん細胞の数に比例して造影剤が取り込まれる量も増えるため、量に応じて紫→青→緑→黄→赤と変化していく)。放射線がん治療を想定した照射を行った細胞群では、照射を行わない細胞に比べて、がん細胞の活動が停止しているため、黄色い部分が多く造影剤の取り込みが低下していることが画像として捉えられることが示された。また、Bは細胞周期の解析結果。左が放射線照射を行わない細胞、右が放射線照射を行った細胞。放射線照射を行った細胞では、G0/G1期にある細胞が大きく減少し(紫の矢印)、G2/M期で細胞活動が停止した細胞が増加しており(青の矢印)、細胞周期が変化したことが示された

さらに、同細胞を調べたところ、同時点で細胞は死んでおらず、細胞死へとつながるアポトーシスもわずかしか起きておらず、アポトーシスが本格的に起こる前の状態であることが確認されたが、細胞分裂の過程を示す「細胞周期」を調べたところ、大半の細胞が、放射線によるDNAの損傷で、細胞分裂が生じる前後のG2/M期と呼ばれる段階にとどまっていることが確認された。

こうした現象は細胞レベルでは、すでに知られたものとなっているが、この変化を生体のままでMRIにより観測できれば、放射線照射の翌日の細胞の活動や細胞周期を利用した診断技術につながる可能性があると考えた研究グループは、さらなる研究として、マウスの体内でも同じ現象が検出できるかの調査を行った。

同一個体のマウスの臀部皮下の2カ所に、大腸がんの細胞を移植した腫瘍モデルを作製し、片方の腫瘍に対して20GyのX線を1回照射し、もう一方は非照射とし、照射24時間後に、マンガン造影剤をマウスの尾静脈から投与し、照射および非照射の2カ所のがん組織を同時にMRIで撮影。その結果、放射線照射を行ったがん組織では、非照射と比べて造影剤の取り込みが低下した様子を、マウスを傷つけず、生きたままの状態で画像化することに成功したという。

左の図はマウスに皮下移植した大腸がんを拡大したMRI画像。左が放射線照射を行わないがん組織、右が放射線照射を行ったがん組織。照射の24時間後に、マンガン造影剤を投与して撮影したもの。照射を行った組織では、非照射に比べて信号の強度が黄色→緑色へと低下し(矢印)、腫瘍への造影剤の取り込みが低下している様子が、画像化された。一方の右図は、MRIによって、造影剤の取り込みを示す「緩和率」で比較したもの。造影剤の投与前(Pre):(黒棒線)や機能性を持たない従来型の造影剤(Gd:Gd-DTPA):(灰色棒線)では、照射の有無による取り込みの差は見られないが、機能性マンガン造影剤(Mn):(白棒線)では、照射の有無により、取り込みの低下が、統計学的に有意な差(p<0.001)として示された

これにより、放射線がん治療の照射24時間後に照射の効果が確認できる基盤技術の構築に成功したと研究グループでは説明するほか、機能性造影剤の細胞への取り込みは、画像を作成する段階で数値化できるので、細胞が取り込んだ量がどのくらい変化したかを、生体を傷つけずに評価・比較することが可能となることから、放射線がん治療の効果の有無を超早期に判断する際の指標になると考えられ、将来、さらに高解像度での計測が可能になれば、腫瘍内部での治療効果の有無を詳細に分析することも可能になると考えられるとする。

また、同技術における画像化は、全国で6000台以上普及している臨床用MRIを使用して実施できるため、将来的にはヒトを対象に計測することも可能と考えられると研究グループはコメント。しかし機能性造影剤を臨床に応用するためには、マンガン造影剤を腫瘍部位にのみ、送り届ける技術の開発などの開発が必要になるとしている。

なお、同技術は将来的には、X線、ガンマ線、重粒子線を体外から照射する治療法や、小線源を用いて体内から照射する治療(内照射療法)など多様な放射線がん治療のみならず、がんの化学治療や物理的治療法の早期の治療評価へも幅広く、応用が期待できるという。