東京大学は5月8日、単細胞真核生物である珪藻(けいそう)の1種である「中心珪藻」(不等毛植物門珪藻綱)を1細胞レベルで追跡し、個々の細胞状態に応じた「性比調節」(雌雄または卵と精子の数のバランスを取る仕組み)を明らかにしたと発表した。

成果は、東大 大学院総文化研究科 広域科学専攻の城川祐香特任研究員、同・嶋田正和教授(情報学環)らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、現地時間5月8日付けで英国科学誌「Proceedings of the Royal Society B:Biological Sciences」オンライン版に掲載された。

生物がどのような状況で、どちらの性になるとより多くの子孫を残せるかを予想する性比調節は、「進化ゲーム理論」(ダーウィンの自然選択論と経済学のゲーム理論が1973年になって融合したもので、「つき合い方の進化理論」といわれる)で最も成功したテーマの1つだ。しかし、従来の研究では多細胞生物に研究が集中しており、単細胞生物それぞれの個体における性比調節戦略は解明されてこなかった。

単細胞の真核生物としてよく知られた生物に珪藻がいる。こうした単細胞真核生物の多くは、生活史が長期の無性生殖期と短期の有性生殖期で構成される「部分的有性生殖」(画像1)という、祖先的な有性生殖の生活環を持つ。中心珪藻の場合は、数カ月から数年の無性的な細胞分裂の間に細胞サイズが次第に小さくなり、小さくなった個体は環境変動を受けて有性生殖を行う。各細胞は1つの卵か4つの精子のどちらかに分化する。同じ遺伝子型のクローン細胞集団であっても卵と精子の両方できるという仕組みだ。こうした単細胞生物の性比調節の解明は、性の進化を考える上で重要性が高いという。

そこで今回の研究では珪藻の1種である、中心珪藻のCyclotella meneghinianaを用いて実験が行われた。中心珪藻1つ1つの細胞の有性生殖を計測するために、レーザーを用いた微細加工技術によりスライドグラス上に0.1mm四方の微細な小部屋(マイクロチャンバー)を作成し、細胞を閉じ込めて有性生殖する過程が観察されたのである(画像2)。

画像1。中心珪藻の生活史

画像2。1細胞培養系。白い矢印は精子、黄色い矢印は卵に分化した細胞を表している

中心珪藻の各細胞は、海水濃度が上昇すると1個の卵もしくは4つの精子に分化する。有性生殖の一部始終を観察できたことにより、同じ遺伝子を持つクローン細胞集団であっても、細胞サイズ、周囲の細胞の数、細胞系譜という3つの要因により細胞は性比調節を行っていることが明らかになったのである(画像3)。

まず細胞サイズによる性比調節だが、細胞サイズが大きい場合は卵に、小さい場合は精子になりやすいことが判明。大きい細胞を卵に配分することで、より大きな次世代細胞を作ることができるという、性比配分戦略上のメリットがあると考えられるという。

次に周囲の細胞数による性比調節だが、周囲の細胞が多い場合は卵に、少ない場合は精子に分化しやすいことが確認された。周囲に配偶相手が見つけにくい状況で、遊走可能で数が多い精子を多くすることで、受精成功を高められると考えられるとしている。

そして細胞系譜、「姉妹細胞は同じ運命をたどりやすい」というもの。1つの細胞が分裂してできた2つの姉妹細胞は、両方とも卵もしくは精子に分化しやすく、多細胞生物で報告されてきた「split sex ratio」(娘を多く産する親と、息子を多く産する親に分かれる)に当たる現象が単細胞生物でも見られることが判明した。同じ母細胞から細胞分裂した2つの姉妹細胞における生理状態の類似が、メカニズムとして考えられるという。

画像3。細胞サイズ(大きい細胞→卵、小さい細胞→精子)、細胞密度(高密度→卵、低密度→精子)、細胞系譜(姉妹細胞は同じ運命をたどりやすい)という3要因が卵か精子かの運命を決める重要なカギであることがわかった

今回の実験結果は、珪藻のそれぞれの細胞を追跡し、細胞状態と性比調節の関係性を明らかにしたものであり、これは単細胞生物の性分化の分子メカニズム解明や新たな進化生態学理論構築の基盤となりうる重要な発見だ研究チームは説明する。また、珪藻は地球上の光合成による1次生産の約20%を担っていると考えられている重要な生物であり、その有性生殖の解明は生物資源の保全という点でも意義深いともコメントしている。