東京大学と理化学研究所(理研)の4月22日、銀のナノシートを有する層状化合物「β-CuAgSe」(画像1)に化学置換を行うことで、室温から-200℃までの幅広い低温領域でビスマス系化合物に匹敵する高い熱電性能を示すことを見出したと発表した(画像2)。

成果は、東大大学院 工学系研究科 物理工学専攻の石渡晋太郎 准教授、同・博士課程3年の塩見雄毅氏、同・李 鍾碩特任講師(当時)、理研 創発物性科学研究センターのM.S.Bahramy研究員、同・鈴木健士特別研究員、同・田口康二郎 チームリーダー、東大大学院 工学系研究科 物理工学専攻 博士課程3年の打田正輝氏、同・有田亮太郎准教授、同・十倉好紀 教授らの共同研究チームによるもの。

研究は最先端研究開発支援プログラム(FIRST)課題名「強相関量子科学」の事業の一環として行われ、詳細な内容は日本時間4月22日付けで英国科学誌「Nature Materials」オンライン版に掲載された。

画像1。β-CuAgSeの結晶構造。Cuサイトの占有率は50%であり、Cuを含む層に乱れが存在することがわかる

画像2。出力因子(パワーファクター)の温度変化

地球規模での環境問題や資源問題から、省エネルギー化、エネルギー利用の高効率化などの実現が課題となっている。化石燃料を利用する内燃機関はもちろんのこと、各種電気機器も、公共の交通機関や工場で利用される大型のものだけでなく、自家用車や家電など個人用途のものも含めた多くの現代の機器が、その動作において無駄に熱を捨ててしまっている状況で、その廃熱を有効活用しようという技術が「熱電変換」また「熱電発電」と呼ばれるものだ。

すでにいくつもの熱電変換材料が開発されており、それを素子化して回路状にした熱電変換素子が-100℃~1500℃までの動作温度に応じてさまざまな場面で活躍しつつある。熱電変換素子は、熱エネルギーを電気エネルギーに直接変換する機能を持ち、いたる所に存在する廃熱から環境に負荷をかけずに電気を作り出せるため、クリーンな発電技術の切り札として注目されているというわけだ。

また、この素子は逆に電流を流すことで温度勾配を作り出すことも可能なことから、これを利用した冷凍装置の「ペルチェ式クーラー」は、小型化が可能、騒音・振動がない、メンテナンスフリーなどの利点から、ワインセラー・光通信用半導体レーザー・医療機器などの冷却装置として広く実用化されている。

ただし、室温近傍の比較的低温領域で高い熱電性能を示す材料が、今のところ限られてしまっているのが課題だ。半世紀以上にわたって研究が続けられているにも関わらず、レアメタルの1種である「ビスマス(原子番号83、Bi)」を含む化合物しかないのである。

実際、市販のワインセラーに搭載されているペルチェ式クーラーは、すべてこのビスマス系化合物であるビスマス-テルル系化合物だ。ビスマス-テルル系化合物は、約半世紀前の発見から現在に至るまで、その周辺物質の開拓やナノ構造制御による改良が進められてきた。しかしながらその熱電変換効率は10%程度と低く、これ以上の飛躍的な性能向上は見込めないことから、新しい熱電材料の開発と、そのための新しい設計指針の確立が急務とされている。

熱電変換効率を決める「無次元性能指数」は、「ゼーベック係数」の2乗に電気伝導率と温度をかけて熱伝導率で割ることで導かれる無次元の量だ。熱エネルギーと電気エネルギーの間の変換効率は、この無次元性能指数と「カルノー効率(カルノーサイクル)」によって決まる。

そして無次元性能指数を高めるには、大きなゼーベック係数、高い電気伝導率、低い熱伝導率の3つの要素を兼ね備えた材料を探す必要があった。ただし、これらはすべて「キャリア(電荷担体)密度」の関数となっており、キャリア密度が1019cm-3程度の時に無次元性能指数が最大値を取ることが知られていた。

例えば、銀は電気伝導率が高い金属として知られているが、キャリア密度が高すぎるせいでゼーベック係数は小さい値となる。ここで初等的な固体物理の知識を援用すると、無次元性能指数をさらに高めるための物質設計指針として、(1)電子の「移動度」(単位電場あたりの電子の平均速度であり、固体中の伝導電子の動きやすさを示す量)を高くし、(2)格子振動による熱伝導率を低くすればよいことがわかるという。

格子振動による熱伝導率を低下させるための最も効果的な方法は、化学置換による結晶格子への乱れの導入だが、一般に格子の乱れは電子移動度の低下を引き起こすことになる。従って、現在(1)と(2)を併せ持つ熱電材料として、電子伝導を乱すことなく格子熱伝導を低下させることが期待されるカゴ状物質を中心に研究が進められており、実際にビスマス系化合物に匹敵する低い熱伝導率を示す材料も発見され始めた。

しかし、カゴ状構造は化学置換による自在な物性制御に適した構造とはいえず、また移動度という点ではビスマス系化合物と比べて劣っていた。そこで研究チームは、銀を主要元素として含む「β-Ag2Se」が乱れを有するにも関わらずビスマス系化合物と同程度の移動度を示すことに着目し、その類縁物質であり化学置換に適した層状構造を持つβ-CuAgSeの熱電性能を調べることにしたというわけである。

今回の研究では、β-CuAgSeとその置換体β-Cu0.9Ni0.1AgSeの多結晶試料が作製され、熱電測定や磁場中の電気抵抗測定が行われた。その結果、β-CuAgSeがガラス並みに低い格子熱伝導率を持ちながらも(画像3)、低温で20000cm2/Vsという高い電子移動度を示すこと、さらにNi置換体では、Cu-Se層の乱れが増大したにも関わらず、移動度が90000cm2/Vsまで向上することも明らかとなったというわけだ(画像4)。

これは「量子ホール効果」を示す「HgTe単結晶薄膜」や高純度のSi単結晶に匹敵する値であり、化学的な乱れを有する多結晶体としては驚異的な数値だという。

画像3(左)が熱伝導率で、画像4(右)が移動度の温度変化。試料の熱伝導率から電子による熱伝導率を差し引いたものが、格子振動による熱伝導率として示されている

第一原理計算(実験データや経験パラメータなどを一切用いずに理論計算をする手法に対する総称だが、この分野では電子状態計算の意味合いが強い)を行ったところ、β-CuAgSeは金属と半導体の中間に位置する半金属であり、銀のs軌道からなる伝導バンドが超高移動度の電子伝導を担う一方で、Cuのd軌道とSeのp軌道からなる価電子バンドはほとんど伝導に寄与しないことが判明した。従ってβ-CuAgSeの系は、画像1に示されているように、高移動度(画像5)の銀ナノシートと乱れを許容するCu-Seナノシートからなる自然超格子構造によって実現した、新しいタイプの高性能熱電材料といえるという。

画像5。表紙絵としてNature Materialsに提案中の、今回の研究成果のイメージ。格子状の赤と紫の球体は、それぞれCuとSeを表す。銀の球体は伝導電子を表しており、Cu-Se層に挟まれたAg層内を、奥の熱せられた赤い領域から手前側に向かって超高速で移動している

熱電性能を示す指標の1つとして、ゼーベック係数の2乗に電気伝導率をかけた出力因子(パワーファクター)が使われるが、これは単位温度差あたりの発電電力に相当する。画像2に示したように、Ni置換体β-Cu0.9Ni0.1AgSeは、室温以下の広い温度領域でビスマス-テルル系熱電材料と同程度の出力因子を持っており、室温近傍から100K(-173℃)以下の低温領域まで高い値を示した。

今回の研究で熱電材料として見出されたβ-CuAgSeは、今後さらなる化学置換・ナノ構造制御を行うことで、体温のような室温程度の熱を利用した発電機や、高い冷却能力を持ったペルチェ式クーラーとして応用されることが期待されると研究チームは語っている。