農業生物資源研究所(生物研)、東洋大学、京都大学の3者は4月12日、インドのインディカ型イネ品種「カサラス」から、米の粒を長くかつ重くする遺伝子「TGW6」を特定したと共同で発表した。

成果は、生物研 植物科学研究領域 植物生産生理機能研究ユニットの石丸健主任研究員、同・廣津直樹特別研究員(現・東洋大准教授)、同・氏家和広特別研究員、同・農業生物先端ゲノム研究センター 生体分子研究ユニットの加藤悦子上級研究員、東洋大学の清水文一准教授、京都大学の宮川恒教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、4月15日付けで英国科学雑誌「Nature Genetics」に掲載された。

現在栽培されているイネは、自生していたイネ(野生イネ)から、長い期間をかけてヒトが選抜を繰り返すことで作られてきた。選抜するための基準は、草型、植物が受精して種子を作る性質の「稔性」、自分の花粉で受精する性質の「自殖性」、種子(米)の大きさなどである。

したがって、近代・現代のイネ栽培品種はたくさんの有用な遺伝子が集積したものといえるというわけだ。そのため、ある品種から有用な遺伝子を特定したとしても、ほかの品種もその遺伝子をすでに持っている可能性が高いことから、これらの遺伝子を利用できる範囲は限られてしまう。一方、ごく限られた品種しか持っていない有用な遺伝子を見つけることができれば、多くの品種の改良に広く利用することが可能だ。

生物研ではこれまでの研究から、日本品種「日本晴」とインド品種「カサラス」を用いた遺伝解析から、カサラスに米の粒の長さ(粒長)と重さ(粒重)を増加させる遺伝子領域「TGW6」が存在することを見出していた。すでに米のサイズを大きくする遺伝子はいくつか報告されているが、これらは収量には影響しないことがわかっている。そこで研究グループでは今回、この「TGW6」の遺伝子を特定し、機能解明を行うことで、米の粒長や粒重、さらに収量を増やすメカニズムを明らかにすることを試みたというわけだ。

TGW6の特定は、染色体上に散らばっている目印(DNAマーカー)の位置を手がかりに、形質に関連する遺伝子座の場所を物理的に明らかにする「ポジショナルクローニング法」を用いて行われた。また、カサラスのTGW6だけでなく、それと対立する日本晴のTGW6も特定されている。

次に、カサラスと日本晴のTGW6によるDNA配列の比較が行われ、カサラスのものには塩基の欠失があることがわかった。さらに、日本晴のものからはタンパク質が合成されるが、カサラスのものは塩基が欠失しているため、タンパク質が合成されないことも判明。このことからカサラスでは、TGW6が壊れることにより、粒長や粒重が増えるという効果が出ていたことが推測されたというわけだ。

続いては、交配によりカサラスのTGW6遺伝子領域を導入したコシヒカリ(コシヒカリTGW6導入系統)、および日本晴(日本晴TGW6導入系統)を作出し、カサラスTGW6遺伝子の効果の確認が行われた(画像1)。その結果、コシヒカリTGW6導入系統では、通常のコシヒカリと比べて粒長が6%、千粒重(千粒分の種子の重さ)が7%増加していることが判明(画像2)。一方、「稔実率」(実(この場合は米)がなる率)や単位面積当たりの籾数は変わりがないことも確認されている。

画像1。コシヒカリへのカサラスTGW6遺伝子の導入。交配により、ほぼコシヒカリだがカサラスのTGW6遺伝子を持つ、「コシヒカリTGW6導入系統」が作出された

画像2。カサラスTGW6遺伝子の効果。カサラスTGW6遺伝子を導入すると、種子の粒長や粒重が増加する。スケールバー=2mm

次に行われたのが、「ホモロジーモデリング」という方法を用いて日本晴の正常なTGW6タンパク質の機能を推定し、その後に実験的に検証がなされた。その結果、このタンパク質は植物ホルモンの1つである「オーキシン」の合成に関わる酵素であることがわかった。なおホモロジーモデリングは、目的のタンパク質と、アミノ酸配列の相同性が高い(約30%以上と一般的にいわれている)タンパク質の立体構造を鋳型(テンプレート)として、目的のタンパク質の立体構造を構築する手法である。

さらに、カサラスのTGW6遺伝子により粒長が伸びる理由を調べるため、「日本晴」と「日本晴TGW6導入系統」を用いた解析を実施。その結果、カサラスのTGW6遺伝子を持つと、「胚乳細胞」(胚が成長するために必要な種子に蓄えられた養分)の数が増えることにより、粒長が伸びることが判明した。

受精直後の胚乳では核の複製が起こるが、細胞分裂は起こらず、核を複数持った「多核体」が形成される。一定期間の後に多核体はそれぞれ1個の核を含む複数の細胞に分裂するので、多核体形成期間の長さが多核体に含まれる核の数、ひいては胚乳細胞の数を決定するというわけだ。

正常な日本晴TGW6遺伝子を持つ場合、受精2~3日後になると日本晴TGW6タンパク質によりオーキシンが作られ、オーキシンが細胞分裂を引き起こすことにより、多核体の形成が終わる。しかし、カサラスTGW6遺伝子を持つ場合はオーキシンが作られず、細胞分裂の促進も起きないために、多核体の形成が長く続き、その結果として、胚乳細胞の数が増え、その結果粒長が伸びるという仕組みが研究チームによって推測された。

一方、粒重が増えるには、粒長が伸びるだけでは不十分で、種子に入る炭水化物の量が増える必要がある。イネで種子に入る炭水化物は2種類あり、1つは種子が成長する時期に葉で合成されるもので、もう1つは種子や穂ができる前に茎などに一時的にデンプンとして蓄積されてその後に種子に送られるものだ。

日本晴TGW6導入系統を用いた解析の結果、カサラスTGW6遺伝子を持つと、茎に蓄積されるデンプンの量が1.8倍に増加し、茎から種子に送られる炭水化物の量が増えることにより、粒重が増加することが判明した。日本晴TGW6遺伝子を持つ場合は、茎でオーキシンが作られてデンプン合成関連酵素の働きが抑えられるために、デンプンの蓄積量がカサラスの量ほどにはならないというわけである。

イネでは、種子が成熟する「登熟期」の高温は障害を引き起こし、完全に熟した「正常粒」の比率が低下してしまう。コシヒカリTGW6導入系統の解析により、カサラスTGW6遺伝子は籾数を低下させずに高温障害の発生を抑える効果があることも判明した。2010年に行われた栽培では、コシヒカリの登熟期である8月の平均最高気温が過去5年間平均より6℃以上高かったため、高温障害が発生した。その結果、コシヒカリの正常粒比率は60%以下まで低下し、障害粒が23%におよんだという(画像3)。

画像3。カサラスTGW6遺伝子による高温障害の回避。コシヒカリTGW6導入系統では、障害粒の比率が1/4に減り、正常粒の比率は1.5倍に増加した

しかしそれに対し、TGW6遺伝子導入系統では、障害粒比率はコシヒカリの1/4にしかならず、正常粒比率が1.5倍の約90%に増加していることが確認された。炭水化物の供給が米の生長に追いつかないことが高温登熟障害の一因となっているのだが、TGW6遺伝子の導入系統では、カサラスTGW6遺伝子によりデンプン蓄積能力が強化されたことで供給量が増し、その結果障害の発生が抑えられたものと考えられるという。

そして最後に、生物研が作出した「世界イネコアコレクション(WRC)」(選定された69種の代表的な品種・系統のセット)と国立遺伝学研究所が持つ祖先種野生イネ集団について、カサラス型のTGW6遺伝子がイネの野生種や栽培種にどう分布しているか調べるための調査を行った。すると、カサラスTGW6遺伝子はカサラスを含むインド品種3系統と日本品種1系統、野生イネ「オリザ ルフィポゴン」の5系統にしか存在していないことがわかったのである。

この5系統はすべてインドシナ地域で採種されたものだったことから、カサラスTGW6遺伝子は同地域を起源としていることがわかった。しかもごく限られた系統にだけしか存在しないため、有用な遺伝子だということもわかったのである。実際に「タカナリ」や「IR64」などの高収量品種や、コシヒカリなどの近代・現代の栽培品種は、カサラスTGW6遺伝子を持っていないという。

今回特定したカサラスTGW6遺伝子は、ごく限られた近代・現代の栽培品種にしか含まれていない。そのため米粒の大きさだけでなくデンプンの蓄積量を高める機能を持つTGW6遺伝子は、今後の品種改良に広く利用できると考えられるとする。さらにカサラスTGW6遺伝子は、高温障害の発生を抑える作用も持っていることから、米の品質向上にも効果が高いと考えられるという。

研究チームによれば、カサラスTGW6遺伝子のような有用性が高いにも関わらず、ごく限られた品種しか持っていない有用遺伝子はまだたくさんあると考えられることから、今後、このような有用遺伝子を見つけ出し、活用していくことで、イネの特性をよりよく改良していけるとする。

また、カサラスのTGW6遺伝子は、コシヒカリでも効果があることが確認された。今後、ゲノム情報を活用した育種法を用いて、導入するカサラス由来の領域をさらに小さくしたコシヒカリ系統を作出し、育種母本として利用する予定としている。