東京大学(東大)は4月15日、べん毛の外側と内側のモーター分子「ダイニン」が2種類のたんぱく質の「ODA-IC2」と「DRC4」を介してつなががっていることを発見し、さらに超高速度カメラなどによる多角的解析から、このODA-IC2を遺伝子操作によって乱すと外側にあるダイニンは制御から外れて暴走し、内側にあるダイニンは逆に働きが低下することがわかったと発表した。

成果は、東大大学院 医学系研究科 分子細胞生物学専攻 生体構造学分野の吉川雅英教授、同・小田賢幸助教らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、4月22日号に「Current Biology」に掲載される予定だ。

べん毛は波打ち運動によって液体の流れを生み出す細胞小器官で、多くの生物の細胞運動や発生に重要な役割を担っている。ヒトの体内でも大多数の細胞にべん毛か、べん毛の1種である繊毛が生えており、数μmの小さなプロペラとして重要な働きをしている。

その例として有名なものの1つにヒトの精子で、尾っぽであるべん毛を波打たせて泳いでいくのはよく知られた事実だ。そのほかにも肺の気道では、吸い込んだホコリや病原体を外へ出すために、それらをからめた粘液を多数の繊毛が上へ送っていき、それがいわゆる「痰(たん)」となる。そのほかにも、卵管における卵子の輸送、脳脊髄液の流れを作るなど、その働きは多岐にわたり、生命活動を支えているというわけだ。

こうしたべん毛を動かしているのが、数1000個のモーター分子「ダイニン」である。しかも1種類のダイニンだけでなく、多種多様なダイニンが働いていることも解明済みだ。しかし、異なる種類のダイニンがどのように協働しているのか、統率されているのかはこれまでのところよくわかっていなかった。

そこで研究チームは今回、緑藻「クラミドモナス」のべん毛のダイニンを「超低温クライオ電子顕微鏡」で観察し、べん毛の外側にあるダイニンと内側にあるダイニンが「ODA-IC2と「DRC4」という2つのたんぱく質を介してつながっていることを発見したというわけだ。

そして、このダイニン間のつながりの機能を調べるために、遺伝子操作によるその連結の破壊を行い、モータの働き具合を測る試薬や高速度カメラなどによる解析が実施された。その結果、べん毛の外側と内側のダイニン間のつながりが破壊されると、外側にあるダイニンの働きが通常の2倍以上に跳ね上がることが判明。通常なら働きが抑制されているはずの外側にあるダイニンが、制御を外れて暴走していることを示したのである。

なお、なぜダイニンの働きが抑制されているかのかは、腕の筋肉に例えるとわかりやすいと研究グループでは説明する。腕を曲げる時と伸ばす時では、それぞれ違う筋肉が収縮する。もしすべての筋肉が収縮してしまったら、もし腕が伸びた状態でそれが起きたら曲げることができないし、曲がった状態なら伸ばすことはできない。いずれかの状態で固まってしまうというわけだ(強直性痙攣)。

べん毛内でも、すべてのダイニンが働かないように一部を除いて働きが抑えられているが、ダイニン間のつながりが破壊されると、その制御が働かなくなってしまったというわけだ。緑藻はべん毛を平泳ぎのように掻いて光に集まる性質があるが、あまりに強い光が当たった場合は、そこから逃げるためにべん毛を後ろにして後退する(水泳のドルフィンキックのようなイメージ)。ダイニン間のつながりが破壊された緑藻は強い光が当たっても後退せず、べん毛をピンと突っ張らせたまま動くことができなくなってしまう。人間の痙攣と似たこの興味深い現象は、ダイニンの暴走を明確に示しているのである。

次に内側にあるダイニンに注目すると、べん毛の振幅(平泳ぎにおける腕の振り幅)が通常の半分になっており、外側のダイニンとは逆に、働きが低下していることが確認された。メンデルの法則を応用して、遺伝学的に内側のダイニンをさらに詳細に調べた結果、「IDA e」という種類のダイニンの働きが落ちていることが判明。

これらの結果から、今回の研究で発見されたダイニン間のつながりは、べん毛の外側と内側にあるダイニンの双方を制御する司令塔として働いていたのである。このような制御装置は、多くのべん毛研究者にその存在を予想されてはいた。しかし、べん毛の非常に複雑な構造に阻まれて証拠を示せずにいたのである。今回の研究で初めて、べん毛運動の中央制御装置の存在が確かめられたというわけだ。

なお、ODA-IC2がべん毛の動きを制御する上で「司令塔」として働いており、そこに手を加えるとダイニン全体に影響が及ぶ急所であることを示していることも確認された。今回得られた知見は、べん毛運動の制御機構についての理解を深めることが期待されると、研究チームはコメントしている。

さらに、べん毛は多くの疾患にも関わっている。べん毛が動かなくなると気管に入った異物を排出できないので肺炎になりやすくなるし、精子が動けなければ不妊になる。さらには脳脊髄液が脳室に溜まって水頭症になり、心臓や肝臓の位置が逆になる内臓逆位という奇形の原因にもなるのだ。今回の研究成果に対して研究チームは、これらの疾患の研究や理解に寄与することが期待されると、述べている。