高輝度光科学研究センター(JASRI)、京都大学、九州大学(九大)の3者は4月5日、米国のスタンフォード大学並びにミネソタ大学、Advanced Photon Sourceとの共同研究により、自然界において重要な酸化反応を促進する触媒である「二核非ヘム鉄酵素」の「高原子価鉄-オキソ中間体」の分子振動構造の解明に成功したと共同で発表した。

成果は、JASRIの依田芳卓主幹研究員、京大の瀬戸誠教授、同・斎藤真器名博士、同・小林康浩助教、九大の太田雄大助教らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、現地時間4月1日付けで米国科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」オンライン速報版に掲載された。

二核非ヘム鉄酵素とは、2つの非ヘム鉄イオンを活性中心に含む金属酵素の総称である(画像1)。また非ヘム鉄とは、一般的な「ヘム補因子」に鉄イオンが配位した「ヘム鉄」と区別するための表現だ(画像2)。そして高原子価鉄-オキソ中間体とは、通常は4価もしくは5価の鉄イオンを指す高原子価鉄イオンに酸素原子が配位した化学種のことである。

画像1。二核非ヘム鉄イオンの活性中心の例

画像2。ヘム補因子に鉄イオンが配位した形のヘム鉄

二核非ヘム鉄イオンを活性中心に含む「リボヌクレオチドリダクターゼ」(リボヌクレオチドを、DNAを構成するデオキシリボヌクレオチドへ還元する反応を触媒する酵素の総称)および「可溶性メタンモノオキシゲナーゼ」(酸素分子およびメタンのC-H結合を活性化して、メタン-メタノール転換反応を触媒する酵素)は、それぞれ「チロシン」のO-H結合の活性化、およびメタンのC-H結合の活性化を促進することが知られている。これらの化学結合は非常に強固であり、熱力学的に困難な化学反応だ。そのため、これらの二核非ヘム鉄酵素は温和な生理的条件下で反応を促進することが知られており、その反応の分子メカニズムの解明が望まれていた。

その酸化反応を実現する反応中間体の構造として、二核の高原子価鉄4価イオンを2つの酸素原子が架橋した分子構造である「{Fe2(.O)2}ダイアモンドコア構造」、プロトンが付加したダイアモンドコア構造、あるいは「単核鉄オキソ構造」が考えられているが、未だに決定的な科学的証拠は得られていない。これら中間体の構造的特性について原子レベルで理解することは、医学や工業化学への応用に向けた基礎研究として極めて重要である。

「振動分光法」の1種であり、物質に光を入射した時に散乱された光の中に入射された光の波長と異なる波長の光が含まれる現象である「ラマン効果」を利用した「ラマン分光法」は、分子構造解析の強力な手法として、これまで用いられてきた。しかし、比較的強いレーザー光照射を必要とするラマン分光法は、酵素において生成する不安定化学種が光照射により分解してしまうために用いることが困難であること、また分光学的選択則によりすべての振動モードを観測することが不可能であるといったデメリットが存在している。

一方、大型放射光の利用が不可欠で、原子核の「共鳴準位」のエネルギーに近いX線を試料に照射し、フォノンの生成・消滅を伴う原子核励起を起こさせることにより振動の様子を調べる「57Fe核共鳴非弾性散乱分光法(NRVS)」はラマン分光法を代替する手法として、近年盛んに鉄含有金属酵素の分子構造解析に用いられるようになってきた。

そこで研究チームはNRVSを用いて、構造的性質がよく理解された1つもしくは2つの酸素原子が架橋した「高原子価二核鉄中心(Fe(III)Fe(IV)およびFe(IV)2)」構造を持つ二核非ヘム鉄モデル酵素錯体(画像3)の分子振動構造の解析を実施。これらの化学種は450cm-1以下の領域に特徴的な振動構造を持つが、それらは鉄イオンの酸化数の変化に対して影響を受けないが、鉄イオンのスピン状態および酸素原子の架橋構造の違いにより顕著に影響が現れることが見出された。

一酸素原子が架橋した低スピン状態の二核非ヘム鉄モデル酵素錯体は450cm-1以下の領域に3つのバンドを示すが、二酸素原子が架橋した低スピン二核鉄錯体においては5つのバンドが観測され、それらは酸素原子が架橋した二核鉄面内の並進および回転の動きを含む振動構造であることを明らかにしたのである(画像4)。

画像3。上が一酸素原子架橋した2核非ヘム鉄酵素錯体で、下が二酸素原子架橋した2核非ヘム鉄酵素錯体

画像4。低スピン錯体のNRVSスペクトルとDFT計算によるバンドの帰属。上は一酸素原子架橋した2核非ヘム鉄酵素錯体で、下は二酸素原子架橋した2核非ヘム鉄酵素錯体

さらに、原子や分子といった「多体電子系」のエネルギーなどの物性を電子密度から計算することが可能であるとする理論に基づく電子状態計算法の「密度汎関数法計算(DFT)計算」により、低スピンから高スピン状態に変化する際に、「反結合性σ軌道」(画像5)の相互作用が強くなり、「反結合性π軌道」(画像6)の相互作用が弱まることを明らかにし、高スピン状態の一酸素原子架橋構造においては二酸素原子架橋構造と比べて、バンドの分裂がさらに大きくなることを明らかにした(画像7)。

なお、反結合性σおよびπ軌道とは、鉄の「d電子軌道」と酸素の「p電子軌道」の相互作用が反結合的(異なる位相の重なり合い)であり、σ型は画像5の、π型は画像6に示すような軌道間の相互作用を指す。

画像5(左)が反結合性σ型の、画像6が反結合性π型の軌道間の相互作用を表した模式図

画像7。高スピン錯体のNRVSスペクトルとDFT計算によるバンドの帰属。上が一酸素原子架橋した2核非ヘム鉄酵素錯体で、下が二酸素原子架橋した2核非ヘム鉄酵素錯体

これらの解析により得られた二核非ヘム鉄モデル酵素錯体の分光学的知見は、リボヌクレオチドリダクターゼ(RNR)の高原子価中間体Xおよび可溶性メタンモノオキシゲナーゼ(sMMO)の高原子価中間体Qの分子構造の解明に寄与すること、さらに今回の高原子価鉄-オキソ中間体のモデル錯体のNRVS分光解析を基本として、今後RNRの中間体XとsMMOの中間体Qの分子構造の解明に貢献することが期待されるという(画像6)。

画像8。可溶性メタンモノオキシゲナーゼにおいて提案されている高原子価鉄-オキソ中間体Qの生成機構

また研究チームは、リボヌクレオチドリダクターゼ(PNR)および可溶性メタンモノオキシゲナーゼ(sMMO)はそれぞれDNA合成およびメタン酸化反応に関わる酵素であり、RNRの研究は細胞周期に関わるDNA合成に作用する抗がん剤の開発、sMMOの研究においてはバイオメタンからバイオメタノールの製造によるバイオ燃料の開発の基礎研究の進展に貢献することが期待されるとコメントしている。