京都大学は2月26日、チンパンジーが情動的画像を見る際の脳内処理について、脳波測定を用いて明らかにしたと発表した。

同成果は、21世紀COEプログラム、科学研究費補助金 基盤研究、同・特別水深研究などの事業・研究領域・研究課題の支援により、京大 霊長類研究所の平田聡特定准教授らの研究グループが得たものだ。研究の詳細な内容は、英国時間2月26日付けで英国オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

「イヌが尻尾を振って喜んでいる」、「ネコが毛を逆立てて怒っている」といった表現があるが、こうした情動は基本的に主観的なものであり、言葉を話さないヒト以外の動物を対象にして、実際に主観的にどう感じているのかを科学的に調べることは難しいため、ヒト以外の動物の情動に関する研究はあまり行われてこなかった。

ただし、まったく研究のしようがないかというと、そうではなく、生理学的な指標を用いて測定し、ヒトを対象とした研究と比較しながら、ヒト以外の動物における情動的側面を類推するという手法は有効であり、ヒトを対象とした研究の中で、脳波測定による知見が比較的多く蓄えられてきたこともあることから、研究グループでは今回、情動的な画像を見た際のチンパンジーの脳波を測定するという手法を採り、実際に測定することに成功したという。このようなヒト以外の霊長類を対象として情動的処理過程を調べた脳波研究は過去に類例がなく、世界初の成果といえると研究グループでは述べている。

今回の測定成功には3つのポイントがあるという。1つ目はチンパンジーで脳波を測定できた点で、すでに研究グループでは、無麻酔の状態において大人チンパンジーの脳波測定に成功した経験を有しており、今回の成果もその一連の研究として位置付けとすることができるとする。

画像1。今回の実験対象となった林原類人猿研究センターのチンパンジーのミズキ(メス、11歳)。脳波測定用の電極を頭部に装着している

2つ目は、過去に行われた研究との関連性。2008年に先行研究として、チンパンジーの情動と記憶との関係を調べた成果が報告されている。人間では、平凡な事象よりも情動的な事象の方をよく記憶しているという現象が知られているが、この研究ではチンパンジーも同様である可能性が示されていることから、今回の研究では、この先行研究で用いられた画像と同じものを用いて、それらの画像を見た際のチンパンジーの脳波を測定することで、情動的な画像に対して脳内で実際に特別な処理が行われるのかどうかを探ることを目的に実施された。

画像2。研究に用いられた15枚の画像(ギニア共和国ボッソウ地域の野生チンパンジー研究により撮影されたものから使用したという)。

3つ目は、チンパンジーの情動表出をした表情をとらえた情動画像が含まれるという点で、ヒトが社会生活を営む上で他人の情動を顔の表情から推測する能力が必要となるが、こうした他者の表情をうかがう能力は、これまでヒト以外の動物ではあまり研究されてこなかったという。

実際の実験は岡山県の林原類人猿研究センターのチンパンジー・ミズキを対象に脳波測定を実施することで行われた。15枚の野生チンパンジーが映った画像(そのうち3枚が情動画像で、野生のチンパンジーのおびえた表情などをとらえたものになっており、残りの12枚は中立画像で、穏やかにくつろぐ姿などをとらえたものとなっている)を用いて、1枚ずつ800ミリ秒(0.8秒)間の時間だけモニターに映し出し、頭部の5カ所(Fz、Cz、Pz、T5、T6と呼ばれる位置)に付けられた電極で計測される脳波が記録された。

その結果、画像がモニター上に表示されてから210ミリ秒(0.21秒)以降において、情動画像と中立画像で脳波が異なることが明らかとなったという。このことは、チンパンジーが映像のみから他者の情動状態を判別し、しかもその処理が映像を見てからわずか0.2秒後には始まっていたことを示すものだが、ヒトを対象とした類似の研究でも同じような結果が得られており、情動画像に対して特別な注意が向けられたことを反映する脳活動であると考えられていることから、研究グループではチンパンジーでも同様に情動画像に対して特別な脳内処理が行われたことを示す結果だとする。

また、チンパンジーが音声や接触によってコミュニケーションを図ることは以前から知られていたが、今回の成果は、チンパンジーがヒトと同様に音声や直接的な接触にはよらない高度なコミュニケーション能力を持っている可能性を脳機能レベルで示すものになるとも説明しており、今後のヒトの心の進化的基盤を探っていく上で、新たな可能性が開けたとしている。

画像3。情動画像と中立画像に対する脳波。赤線が情動画像に対応し、青線が中立画像に対応する

なお、今回の研究は、これまであまり研究されてこなかった「情」に焦点を当てた研究であり、研究グループでは、今後もヒトに最も近縁なチンパンジーの情に注目した研究を通じて、心の進化の総合的理解を目指したいとコメントしている。