産業技術総合研究所(産総研)は1月25日、基材フィルム上にカーボンナノチューブ(CNT)インクを塗布または印刷して作製できる、高い透過率と導電性を持つ透明導電フィルムを開発したと発表した。
同成果は、産総研 電子光技術研究部門 メゾ構造制御グループのKim Yeji 協力研究員(日本学術振興会特別研究員 RPD)、阿澄玲子 研究グループ長、近松真之 主任研究員らによるもの。詳細は、2013年1月25日付の「Applied Physics Express」電子版に掲載された。
現在の携帯情報端末やタッチパネル式PCには、透明電極フィルムとして主に酸化インジウムスズ(ITO)膜が用いれているが、ITO膜は、入力動作の繰り返しによって微小な割れが生じやすく、曲げにも弱いという問題点がある。また、ITO膜の製造に必要な蒸着やスパッタリングなどの真空プロセスは多大な設備投資を必要とし、大面積化も困難であるほか、希少金属であるインジウムを用いているため、資源の枯渇や国際情勢による安定供給の不安が懸念されており、こうした問題の解決につながる代替透明導電材料の実現が求められるようになっている。
産総研では長年にわたりCNTに関する研究を行ってきており、これまでにCNTの配向膜や生体ポリマー、セルロースなどとの混合による光学特性に優れたCNT薄膜などを開発してきた。また、eDPIS法と呼ばれる合成法や、フレキシブル圧力センサなどの開発も行われてきた。
今回開発されたフィルムには、eDIPS法により作製された高品質単層NCT(SWNT)が用いられたほか、CNT透明導電フィルムを用いたフレキシブルタッチパネルの試作も行われた。
具体的には、eDIPS法による高品質のSWNTを用いて、新たに成膜性に優れ、高濃度・高粘度のCNTインクの開発が行われた。このCNTインクを基材(ガラス、PET、PEN、PDMSなど)上に垂らし、ブレードを自動装置により一定速度で動かして透明導電フィルムを成膜。この基板とブレードの距離を変えることで膜厚を容易に制御できるほか、室温・大気圧中での溶液製膜プロセスであるため設備コストを抑制しつつ、ロール・ツー・ロールによる大面積化、ナノオーダでの膜厚制御、多層構造、スクリーン印刷法によるパターン印刷などが可能というメリットがあるという。
また、同CNTインクには、CNTを個々に分散しつつ均一なフィルムを形成させるための分散剤として、ポリマー(マトリックスポリマー)が多量に含まれているが、マトリックスポリマーは非導電性で高い電気抵抗を示すため、CNT本来の導電性を得るためには、フィルム製膜後にこれを除去する必要があることから、室温、大気中で、溶液処理または光焼成処理を行うことで除去する技術も併せて考案された。
溶液処理では、フィルムを特定の溶媒に浸すことで、マトリックスポリマーのみを選んで溶かし出すことが可能となったほか、光焼成処理では、高強度の光を瞬間的に照射してCNTだけを加熱し、マトリックスポリマーを焼成除去することが可能だ。
図2はこれらの処理前後のCNTフィルムの典型的な原子間力顕微鏡(AFM)像。処理前の像では観測できないが、処理後の像では個々に分散されたCNTが明確に観察され、マトリックスポリマーの除去によってCNT同士が接触し、電流が流れる経路が形成されたことが確認された。また、処理前後でフィルムの透過率はほとんど変化しないことから、基材表面からCNTがはく離していないことが見て取れ、これらの結果から、溶液処理あるいは光焼成処理によってCNTの凝集やフィルムの崩壊を起こさずマトリックスポリマーだけを除去することが可能であることが確認された。
さらに、これらのCNTフィルムに硝酸をドーピングすることで高透過率・低抵抗の透明導電フィルムを得られることも確認された。具体的な値としては、基材フィルムの透過率に対して89~98%の透過率のとき、表面抵抗率68~240Ω/□という、ウェットコーティング法による透明導電フィルムとしてこれまでに報告されたものと比較して世界最高レベルの透明性と導電性を実現したという。加えて、従来の除去法では、フィルム全体を高温に加熱し、マトリックスポリマーを分解除去するため、融点の低いプラスチックフィルムが基材の場合には適用できなかったが、今の除去方法は、室温、大気中で処理できるため、PENなどのプラスチック基材に直接塗布したフィルムのマトリックスポリマー除去に用いることができたことから、透明導電フィルムの作製に至ったという。
研究グループでは、CNT特有の柔軟性や密着性から、CNTを用いた透明導電フィルムは耐屈曲性や耐久性に優れていることが期待されるとしており、実際にこのCNT透明導電フィルムを折り曲げた状態でも導電性を維持できることを確認したほか、PEN基材上のCNT透明導電フィルムを用いて屈曲試験を行い、屈曲半径10mmで20万回屈曲させても導電性が保持されていること、ならびに屈曲半径2mmでの屈曲試験では5万回の屈曲で基材が破断するまで導電性が保持されていたことを確認したという。
なお、今回の研究では、CNT透明導電フィルム上にスクリーン印刷法により上下、左右の配線電極を形成し、次に、スペーサーを介して2枚のフィルムを貼りあわせることで抵抗式タッチパネルも作製したという。