信州大学は12月25日、細菌の細胞分離酵素を阻害する「IseAタンパク質」の新奇な「弓のこ型」構造を解明したと発表した。

成果は、信州大 繊維学部の新井亮一助教(応用生物科学系生物資源・環境科学課程)、同・関口順一特任教授、同・大学院修士2年生(応用生物科学専攻新井研究室)の福井貞晴氏、同・小林直也氏らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、12月28日付けで米国生化学・分子生物学会の学術論文誌「 The Journal of Biological Chemistry」に掲載される予定だ。

細菌は、外界から身を守るために細胞表層に丈夫な細胞壁を持っている。これまでに研究グループは、「枯草菌」の細胞壁を分解する酵素群が、細胞の分離や伸長などにおいて重要な役割を果たしていることを明らかにしてきた。

さらに、近年は枯草菌の細胞表層からIseAタンパク質を発見し、細胞壁を分解して細胞分離を行う酵素をIseAが特異的に阻害することを明らかにしている。しかし、IseAがどのようにして酵素の活性を阻害するのか詳しいメカニズムはわかっていなかった。

そこで研究グループでは、IseAの阻害メカニズムを解明することを目的として、4年以上前からIseAの立体構造解析に取り組むことにし、理化学研究所NMR施設において、核磁気共鳴(NMR)法を用いてIseAの立体構造解析に挑んだ。

IseAの立体構造は、これまでにまったく報告例がない、ユニークで新奇な弓のこ型構造であることが判明した(画像1)。特に、弓のこの刃に対応する細いひも状のループ部分が特徴的な構造であることが発見されたのである。

画像1。IseAタンパク質の弓のこ型立体構造。赤点線部が弓のこの刃と対応するループ部分

次にNMR法を用いて、IseAと酵素との相互作用解析や、IseAのループ部分の変異体を作製しての酵素活性の阻害を調べる実験が行われた。すると、IseAはループおよびその近傍部において、酵素と相互作用していることを明らかにした(画像2)。

さらに遺伝子工学・分子生物学実験により、このIseAのループ部分のアミノ酸を置換した変異体が作製され、酵素活性の阻害を調べる生化学実験が行われたところ、ループ部分が酵素活性を阻害するために不可欠な役割を担っていることがわかったのである(画像3)。

さらに、IseAと酵素の表面形状や電荷分布などの立体構造上の特徴を詳細に考察して、ドッキングシミュレーションも実施された。以上の結果を総合して、弓のこの刃に対応するIseAのループ部分が酵素の活性部位の谷間の奥まではまり込み、広範囲に相互作用することにより反応を妨害するタイプの新たな阻害メカニズムモデルが提唱した(画像4)。

画像2。IseA の酵素との相互作用部位。紫色のアミノ酸残基が結合部位を表すIseAのループおよびその近傍で酵素と相互作用

画像3。IseA の酵素阻害メカニズムモデル(酵素を表面表示モデルで表示)。IseAのループ部分が酵素活性部位(赤点線部)の奥に入り込み、IseAと酵素は広範囲に相互作用

画像4。IseAの酵素阻害メカニズムモデル。黒矢印で示す部分が酵素の活性部位のアミノ酸残基ループ部分が酵素の活性部位の谷間にはまり込み広範囲に相互作用

近年、従来の抗生物質が効かない多剤耐性菌が増えてきていることが大きな問題となっており、新しいタイプの抗生物質や抗菌薬が常に求められている。また、最近の研究の進展により、細菌の細胞壁を分解する酵素群の中に細菌の増殖に不可欠なものがあり、特に病原性に関係するものもあることが明らかになってきた。

そこで、そのような病原菌の酵素を阻害するタンパク質・ペプチドや化合物等を開発すれば、病原菌の増殖を抑える新たな抗菌薬となる可能性が考えられるという。

今後は今回の研究成果を基にして、病原菌の必須酵素を阻害する改変IseAタンパク質を設計開発するタンパク質工学研究を展開することにより、新たな抗菌薬開発への応用も期待されるとしている。