東京大学(東大)と九州大学(九大)の研究グループは、単純で安価な鉄錯体を触媒に用いて常温常圧の反応条件下で窒素ガスを還元することに成功し、アンモニア等価体であるシリルアミンを触媒的に合成する方法の開発に成功したことを発表した。
同成果は東大大学院工学系研究科附属総合研究機構の 西林仁昭 准教授らの研究グループと九大先導物質化学研究所の吉澤一成 教授らの研究グループによるもの。詳細は12月4日付の英国科学誌「Nature Communications」オンライン速報版にて掲載された。
窒素は、核酸、アミノ酸、タンパク質などに含まれる生命活動維持に必須な元素であるとともに、医薬品、化学繊維および肥料などに含まれる近代文明生活を営むために必要不可欠な元素の1つとなっている。窒素は、ガスとして大気中の約80%を占め地球上に豊富に存在しているが、人間を含めた動物や植物はこの窒素ガスを直接取り込むことはできず、植物から直接的に、もしくは動物から間接的に植物の作り上げた含窒素有機化合物を食料として摂取し、体内で必要な化合物へと変換している。
また、現代の経済活動において活用される窒素の大部分は、鉄系触媒存在下で窒素ガスと水素ガスとから合成されるアンモニアにより供給され、それを窒素肥料の原料とすることで、食料の増産を実現してきた。しかし、この20世紀最大の発明の1つである工業的窒素固定法「ハーバー・ボッシュ法」は、高温高圧(400~600℃、200~400気圧)という反応条件が必要なエネルギー多消費型のプロセスで、その反応に必要な水素ガスの製造も含めると、全人類が消費するエネルギーの数%以上がこれに消費されているといわれている。そのため、より温和な反応条件下で、化学的に不活性な窒素分子をアンモニアや含窒素有機化合物へと変換する反応の開発が、将来的な持続的社会を実現するためにも、必須とされている。
研究グループは今回、フェロセンや鉄カルボル錯体に代表される鉄粉などから簡単に合成できる安価な鉄錯体を触媒として利用することで、常温常圧の温和な反応条件下で窒素ガスを還元し、アンモニア等価体であるシリルアミンへと触媒的に変換する反応を開発することに成功した。
具体的には、還元剤としてNa、求電子試薬としてMe3SiCl(塩化トリメチルシラン)を用いて、常温常圧の窒素ガス雰囲気下室温で20時間反応させることでシリルアミンを生成した。鉄触媒当たり最高34当量のアミンが生成され、生成したアミンは水と接触させることで定量的にアンモニアへと変換することが可能である。また、鉄粉に一酸化炭素を吹き付けることにより容易に合成可能な「鉄カルボニル」や塩化鉄から容易に合成可能な「フェロセン(構造などを明らかにした研究がノーベル化学賞を受賞したこともある)」といった合成が容易な鉄錯体が触媒として利用可能であることも特長だという。
大量の化石燃料を必要とするハーバー・ボッシュ法に代わる次世代型窒素固定法として、こうした合成法はこれまでも研究グループなどにより常温常圧の窒素ガスからのアンモニアおよびアンモニア等価体の合成として達成されていたが、いずれの反応系でも希少金属(レアメタル)であるモリブデンを触媒として利用する必要があった。今回の研究では、入手が容易で安価な鉄を利用した反応であり、大幅なコストダウンが可能となる。
そのため研究グループでは今回の成果について、ハーバー・ボッシュ法に代わり得る潜在能力の高い次世代型窒素固定法開発を推し進めるための重要な知見であり、省エネルギープロセス開発に向けて期待できる画期的な研究成果だと説明している。