大阪大学(阪大)と森永製菓は、ラットの脳のスライス標本への唐辛子の辛味成分である「カプサイシン」の投与により、大脳の「島皮質」と呼ばれる領域の前部にある味覚の認知を行なう「味覚野」の電気刺激によって生じた神経活動は、味覚野後部に隣接する内臓機能を制御する「自律機能関連領野」へと拡がり、島皮質の前部と後部の神経細胞集団の間に4~8Hzの「シータリズム(シータ波)」で同期化した神経ネットワーク活動が生じることを明らかにしたと共同で発表した。

こうした神経活動により、カプサイシンを含む食品を摂取した際に見られる発汗や心臓血管系の活性化などの身体反応が引き起こされている可能性が高いことを示した形だ。

成果は、阪大大学院 歯学研究科の姜英男教授と森永製菓の共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、9月26日付けで北米神経科学学会雑誌「The Journal of Neuroscience」32巻39号に掲載された。

島皮質の味覚野と自律機能関連領野は、冒頭で述べたように前後に隣接して存在してる(画像1・2)。しかし、その両者の神経活動が協調するか否かについては問われたことがなかった。

ラット脳における島皮質味覚野および自律機能関連領野の位置。画像1(左):ラット脳の側面観の模式図。赤線で囲まれた領域が島皮質で、味覚野と自律機能関連領野はそれぞれ黄と青で塗られた領域に当たる。画像2:島皮質をほぼ水平に切り出したニッスル染色切片標本。味覚野と自律機能関連領野が前後的(吻尾的)に隣接している

ヒトは唐辛子を含む食品を摂取すると、顔に汗をかいたり、唾液が出たり、血行が促進されるなどの身体反応が生じる。これらの反応は、摂取したカプサイシンが胃腸管の粘膜中にある「痛覚神経線維」終末のカプサイシン受容体を活性化し、内臓-内臓間の自律神経反射を引き起こした結果生じるものと考えられてきた。しかし、その厳密な神経経路は不明なままであり、その真偽も明らかではなかったのである。

カプサイシン受容体は、痛みの情報を伝える神経経路に広く認められるが、舌や口腔粘膜、そして島皮質味覚野の神経細胞にも存在することが知られていた。また、米国エール大学の研究グループは、ヒト被験者がカプサイシンを摂取すると島皮質味覚野に神経活動が生じることを、機能的脳核磁気共鳴撮像装置(fMRI)を用いた実験により最近明らかにしている。

このことは、カプサイシンが口腔内のカプサイシン受容体を活性化し、その信号が味覚野に伝達されて「熱くて辛い」味覚として認知されていることを示すものだ。

今回の研究では、ラットの島皮質のスライス標本を作成し、味覚野の神経細胞を刺激し、生じた興奮がどのように島皮質の中を伝播していくのかを、「膜電位感受性色素」を用いる方法で観察された(画像3・4)。

画像3。島皮質スライス標本を特殊な色素(膜電位感受性色素)で染めると、神経電気活動を視覚的に観察することができる

画像4。膜電位感受性色素で染めた島皮質スライス標本の顕微鏡像(画像処理前のもの)

スライス標本を(カプサイシンを含まない)通常の溶液に浸した状態では、電気刺激によって生じた神経細胞の活動は味覚野内部に止まり短時間で消失した。しかし、スライス標本をカプサイシンの溶液に浸し、カプサイシン受容体が働いている条件下で、同様に味覚野へ電気刺激を与えると(画像5)、味覚野に生じた神経活動は後方に隣接する自律機能関連領野へ拡がり、シータリズムの周期的神経活動が島皮質の両領域間で同期化することが観察された(画像6・7)。

また、このシータリズムの周期的神経活動は、島皮質の浅い層と深い層にある神経細胞がそれぞれ4Hzおよび8Hzで活動した結果もたらされることも明らかにした(画像8)。

画像2味覚野の電気刺激によって生じる神経活動の時空間的伝播パターンの観察。画像5(左):カプサイシンを含む溶液中では、味覚野に生じた興奮(画像5(左))は自律機能関連領野へと拡がり、島皮質の広い領域が同期して活動する(画像6)

画像7。味覚野および自律機能関連領野における神経活動の時間経過。味覚野・自律機能関連領野共に約4Hzの波動様活動を示している

画像8。波動のリズムの解析(パワースペクトル分析)。4Hzの成分以外に、8Hzの成分も含まれている

今回の研究では、カプサイシンを含有する食物を摂取した際に生じる「辛味」という味覚の認知が、自律機能関連領野を活性化し、全身の内臓機能ひいては全身の健康状態に影響を与える可能性を初めて明らかにした形だ。大脳島皮質における味覚認知領域と内臓機能制御領域間の神経ネットワーク連関が、「医食同源」の概念の新たな基盤となり得ると考えられるという。

また、さまざまな脳機能は脳の異なる領野間の機能協関の結果生じるものと考えられている。そうした機能協関は「ある周波数の周期的神経活動による神経細胞群間の同期化」によりもたらされることが、「細胞外記録法」(局所フィールド記録法・単一/マルチユニット記録法など)の結果から想定されてきた。

今回の研究は、異なる領野間の神経ネットワークにおいて生じたシータリズム同期化現象の時空間的パターンを、光学的膜電位測定法を用いることで初めて可視化したものであり、高次脳情報処理機構の理解に大いに貢献すると考えられ、その学術的意義は極めて高いといえると、研究グループは述べている。