国立天文台ならびに東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(カブリIPMU)は9月13日、ハワイ現地時間2012年8月17日に、複数の研究機関や大学によって共同開発で進められてきた新型の超広視野カメラ「Hyper Suprime-Cam(HSC:ハイパー・シュプリーム・カム)」(画像1)がすばる望遠鏡に搭載され、同28日の夜から性能試験観測を開始していることを報告した。

画像1。主要な部分の組み上げが完了したHSCの全体像。高さ約3m、重さ約3tの巨大なデジタルカメラだ。(c) 立天文台・HSCプロジェクト

すばる望遠鏡には、主鏡の上約16mの位置に、主焦点と呼ばれる焦点がある。主焦点は広い天域(視野)を一度に撮影できるという特徴があり、口径8~10m級の望遠鏡ではすばる望遠鏡だけが主焦点で観測することができる。

1999年のすばる望遠鏡のファーストライト以降、ここに主焦点カメラSuprime-Camが設置され、視野の隅々までシャープな天体画像が撮影されてきた。大口径・広視野・高解像度の特性を合わせ持つ望遠鏡はすばる望遠鏡のほかになく、最遠方銀河の発見や銀河形成史の探求など、Suprime-Camによる数多くの成果がなされている。

今回すばる望遠鏡に搭載され、性能試験観測が始まったHSCは、満月9個分という、Suprime-Camの7倍の天域(Suprime-Camは満月よりやや広い程度)を1度に撮影が可能な、高さが3m、重さが3tもの巨大な観測装置だ。

国立天文台の宮崎聡氏を中心とするチームが2002年から検討を始め、10年がかりで開発を進めてきた。2005年には台湾・中央研究院が、2007年には米国・プリンストン大学、カブリIPMUなどが開発に参加した。

また、かつてないほどの巨大なHSCを搭載できるように2010年にすばる望遠鏡の大掛かりな改修を行うなど、すばる望遠鏡を運用する国立天文台ハワイ観測所でもHSCを受け入れる準備を着々と進めてきたのである。

HSCは大きく分けて、カメラ部、補正光学系(レンズ鏡筒)、主焦点ユニットの3つの要素で構成されている。カメラ部は焦点面に116個のCCD素子を配置しており、計8億7000万画素を持つまさに巨大なデジタルカメラである。

このCCD素子は国立天文台と浜松ホトニクスで新規に共同開発されたもので、幅広い波長域にわたり高い感度を有することが特長だ。また、光学収差や大気分散を補正するための補正光学系はキヤノンによって製作された。結像性能はおよそ0.2秒角(2万分の1度角)と、これほどの広視野の光学系では世界最高性能が達成されている。

カメラ部や補正光学系などを保持し望遠鏡に取り付けるための機械部品である主焦点ユニットは、三菱電機が担当した。主焦点ユニットの姿勢制御には、数tの荷重を1~2μmの位置精度で制御できるように特別に開発された6本のジャッキが備えられている。このように、HSCはまさに日本の最新技術の粋を集めた観測装置だ。

画像2(左)は、カメラ部の内部・焦点面に並ぶCCD。画像3は、下から見上げた補正光学系。レンズ表面が見えている。(c) 立天文台・HSCプロジェクト

日本国内で個々に製作されたカメラ部、補正レンズ、主焦点ユニットは、2011年8月から順次ハワイ観測所に届けられ、山頂施設で組み上げ作業が進められてきた。標高4000m以上での作業は過酷なものだったが、2012年7月までに主要な部分の組み上げが無事に完了した。

そして8月16日から17日にかけて、HSCの望遠鏡への搭載作業を実施。HSCが望遠鏡上でも正常に駆動することや重量のバランスに問題ないことなどを慎重に確認した後、同月28日の夜から性能試験観測を開始し、恒星の光が正しくHSCに導かれ、データが取得できていることが確認された。

今回の性能試験観測では入射光の波面が乱れていないかの確認に注力したため、限られた視野での観測になったが、実際に天体から来た光をとらえることに成功した今回の観測は、HSCにとって、そしてすばる望遠鏡にとって非常に大きな一歩といえよう。

この瞬間を長年待ち望んでいた宮崎HSC開発チームリーダーは、性能試験観測開始時の様子や思いを、次のように語っている。

「観測初日は薄い雲がかかっていたので、夏の大三角をなす明るい星の1つ、織り姫星(ベガ)を最初の観測対象として選びました。座標を設定して望遠鏡を向けましたが、……何も写りません。カメラに重大な障害が発生したのかと思い、ドームまで確認に行きましたが、特に問題は見られませんでした。ベテランのソフトウェアエンジニアの機転により、機械系の設定ファイルを入れ替え、再度望遠鏡を向けて見ると、画面の左下から明るい星がスッと入って来ました。10年前に数名のグループで検討を始め、その後多くの人の協力を得て、ようやくここまで来られました。これからが天文学研究の始まりです。じっくり取り組み、意味のある結果を出したいと思います」

画像4(左)は、性能試験観測中の観測室の様子。中央が宮崎HSC開発チームリーダー。画像5は、HSCで織り姫星(ベガ)の光をとらえたときの取得データ確認画面。中央に見える点状のものが星の光。(c) 立天文台・HSCプロジェクト

HSCの試験観測は今後も断続的に行われ、予定されている性能が達成されていることを慎重に確認していく。また、複数のフィルター(波長域)を使って観測をできるようにするためのフィルター交換機構が追加され、そして2013年より本格的な科学観測が始まる予定だ。

科学観測では、まず、すばる望遠鏡のシャープな星像とHSCの広視野を活かし、重力レンズ効果を用いたダークマター分布の直接観測を行う。さらに、そのデータを基にして、今度はダークエネルギーの正体を解明するための研究が飛躍的に進むことが期待されているという。

HSCで得られるデータを用いた研究の展開について、前出の宮崎チームリーダーは次のように期待を寄せている。

「私たちはHSCを、ダークエネルギーの謎を解明するために開発しました。ダークエネルギーの残す信号は微少です。信号の真偽を確信を持って判別するには、実験物理学者のように、観測装置を自分たちで作り・評価し、その特性を完全に理解する必要があります。こうして丁寧に作られた天体カタログは、最初の目標を超えて、何かもっと面白いことの発見につながるかも知れません。できるだけ多くの人に使ってもらいたいと思っています」

また、HSCを使った観測計画に参加しているカブリIPMUの村山斉機構長ならびに林正彦国立天文台長も、次のようにコメントを寄せている。

村山斉機構長のコメントは以下の通り。「宇宙の進化と未来を解明するために、私たちは数億個の天体を調査して全体の傾向を調べる、『宇宙の国勢調査』を行う必要があります。HSCの広大な視野はこのために欠かせません。それと同時に、暗黒物質の重力レンズ効果による、天体像の非常に小さなゆがみに秘められたたくさんの情報を見るには、卓越した高画質が必要です。さらに、数10億光年先の天体を観測して宇宙の進化の歴史をひもとくためには、大きな反射鏡も必要です。現在、世界中ですばる望遠鏡以外には、このすべてを満たす望遠鏡はありません。HSCの登場によって、すばる望遠鏡が観測的宇宙論の最先端を走り続けることは明らかです。私たちは今後、広視野を持つ新しい分光器を製作しすばる望遠鏡に搭載し、HSCと組み合わせて観測する「すみれ(Subaru Measurements of Images and Redshifts)計画」で、宇宙の起源と未来を解き明かしたいと考えています」

林国立天文台長のコメントのコメントは以下の通り。「すばる望遠鏡の特徴は、なんといっても主焦点が使えることです。焦点距離の短い主焦点にデジタル・カメラを載せれば、望遠にして広角、すなわち広い範囲を1度に撮影しながら、同時に暗い細かな天体でも精細に撮影できる、ということです。このおかげで、すばる望遠鏡は宇宙最遠方銀河の記録を塗り替えてきました。このたび完成したHSCは、100個以上のCCDを使った、全部で9億画素(900メガピクセル)のデジタルカメラです。これまで主焦点で使っていたSuprime-Camに比べて、7倍も広い天域を一気に観測できます。このカメラを用いれば、宇宙の広い範囲を、これまでにない高感度で(つまり遠くて暗い銀河まで)撮影することができます。10億個くらいの銀河が写るのではないか、と思います。莫大な数の銀河の、形や分布や距離を詳しく調べることで、謎の物質ダークマターや、謎の現象ダークエネルギーの本質に迫れるのではないかと、強く期待しています」

この動画は、HSCのすばる望遠鏡への搭載作業の様子。ミリメートル以下の精度で作業が慎重に進められた。再生は180倍速相当(2012年8月16日撮影)。(c) 立天文台・HSCプロジェクト