東京大学(東大)は、磁石に光パルスを照射するだけで磁気の波(スピン波)を発生させ、さらに光のスポット形状を変えることで波の伝播方向を制御することに成功したと発表した。

成果は、同大 生産技術研究所の佐藤琢哉助教、黒田和男教授(現宇都宮大学 特任教授、東京大学名誉教授)、志村努教授、東北大学 原子分子材料科学高等研究機構 齊藤英治教授のグループ、ウクライナ科学アカデミー ボリス・イワノフ室長らによるもの。詳細は英国の科学雑誌「Nature Photonics」10月号(オンライン版は9月9日発行)に掲載された。

エレクトロニクス分野では、電子の持つ電荷の自由度やその流れ(電流)が活用されてきたが、プロセスの微細化などにより電流に伴う発熱が避けられず、デバイスの高密度化が限界に達しつつあり、電子が持つもう1つの自由度であるスピンの利用に向けた技術開発が進められている。個々の電子スピンは方向を持ち、ある軸の周りに歳差運動する。その集団運動(スピン波)は、電流と違って原理的には発熱の問題がないことから、新しい情報媒体として期待されており、スピン波の伝播に関する制御技術の確立が望まれてきた。これまで、スピン波は微細加工されたアンテナからのマイクロ波か、スピン偏極電流によって誘起されてきたが、一度アンテナや電極が加工され、磁場が印加されると、スピン波の伝播特性を直接変えることはできなかった。

研究グループは、今回、約100fs(フェムト秒)のパルス幅を持つ光パルスを磁性体に集光することで、スピン波を発生させる方法を提案(図1)。光パルスを用いることで、高速にスピン波を誘起でき、光スポットを自在に動かし、スポット形状を成形することで、より自由度の高いスピン波制御が可能となる。また、別の光パルスでスピン波を検出することで、高い空間分解能(1~10μm)および時間分解能(100fs)での測定が可能になるという。

図1 スピン波の発生とその伝播方向の制御方法。開口を通ったポンプ光がレンズによってガーネット試料に集光される。時間遅延をつけたプローブ光がスピン波を検出する。スポット形状が楕円の場合、楕円の長軸に垂直方向にスピン波が伝播する

研究では、まず、光アイソレータとして広く使われている鉄ガーネット単結晶に、面内に強さ1kOe(キロエルステッド)の磁場を試料表面と平行に印加。試料表面に高強度の円偏光パルス(ポンプ光)を直径50μmの円形スポットに集光すると、逆ファラデー効果によりスポット内でスピン歳差運動が始まり、その様子を時間遅延をつけた低強度の直線偏光パルス(プローブ光)のファラデー回転角を測定することで時間分解測定を行った。また、歳差運動は、ポンプ光のスポット外にもスピン波として二次元的に伝播していくため、ポンプ光に対するプローブ光の相対位置を試料上でスキャンすることで、スピン波伝播を時間・空間分解して観測することにも成功した(図2左)。スピン波の波長は200~300μm、群速度は約100km/sだったという。さらにポンプ光パルス照射によって誘起されたスピン波の初期状態の空間分布は、光パルスのスポット形状によって決まる、というモデルに基づいたシミュレーションは、実験結果がほぼ完全に再現された形となったという(図2右)。

図2 直径50μmの円形ポンプ光パルスが原点に集光された、1.5ns後のスピン波の波形(左:実験、右:シミュレーション)。

同モデルに基づくと、スピン波の伝播方向を制御するには、試料表面での光スポット形状を最適化すればよいことが予想されたことから、ポンプ光の集光レンズの前側焦点面に長方形の開口を挿入し、試料表面でのスポット形状を楕円形にしたほか、楕円の長軸が印加磁場に平行・垂直のとき、スピン波は磁場に対して垂直・平行方向に伝播することが実験およびシミュレーションで実証された(図3)。この結果、光のスポット形状に依存して波の伝播方向を制御することに成功したこととなった。

図3 長径280μm、短径70μmの楕円形ポンプ光パルスを原点に集光した1.5ns後のスピン波の振幅マップのシミュレーション(楕円の長軸が磁場と垂直(左図)、平行(右図)。左右の図で、スピン波がそれぞれ磁場に平行、垂直方向に伝播していることが分かる

今回の成果により、スピントロニクスの設計自由度が大きく広がることが期待されるという。例えば計算機ホログラムによる種々の形状の光スポットで自在にスピン波を時空間制御する技術につながるため、スピントロニクスにおける光-磁気スイッチング素子への展望が期待できるほか、同原理は、スピン波のみならず、光で誘起可能なあらゆる波に対して適応可能なため、弾性波の方向制御などへの応用も期待できると研究グループではコメントしている。