物質・材料研究機構(NIMS)は、免疫を活性化する核酸医薬「CpG(C-Gのジヌクレオチド配列の略)オリゴデオキシヌクレオチド(CpG ODN)」の作用をナノ粒子によって増強させる技術の開発に成功したと発表した。

成果は、NIMSナノテクノロジー融合ステーションの花方信孝ステーション長らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間7月26日付けで英科学オンラインジャーナル「Scientific Reports」に掲載された。

核酸医薬は、核酸(DNAやRNA)が10数個から数10個つながった鎖状の構造をした薬である。特定のタンパク質や塩基配列を認識して、病気の原因となる分子だけにピンポイントで作用する分子標的薬という最先端の技術だ。

その中の1つがCpG ODNがある。これは外敵であるウィルスや細菌に特有の塩基配列、シトシン(C)-グアニン(G)を含むように合成された核酸医薬の1つで、人間の免疫作用の活性化を目的とした薬だ。人体はC-Gを含むDNA配列が体内に入ると、細菌やウィルスが侵入したとみなし、免疫を活性化させることを利用している。

核酸医薬CpG ODNは、このような免疫システムを活性化する仕組みを持っていることから、感染症の治療を初め、アレルギー疾患の治療や、がんの免疫治療への応用が期待されているところだ。

そしてCpG ODNには、主に2つのタイプがある。1つは体内でタンパク質「インターフェロン」を誘導し、これが「マクロファージ」や「ナチュラルキラー細胞」といった外敵を貪欲に食べる免疫細胞を活性化するタイプ。もう1つは、情報伝達用のタンパク質「サイトカイン」の1種である「インターロイキン6(IL-6)」を誘導し、多くの抗体を作りだすタイプである。

しかし、CpG ODNの治療への応用には大きな問題があった。人体の免疫作用を充分に活性化させるためには、IFNとIL-6の2つを同時に誘導させることが効果的である。そこで従来から、2つのタイプのCpG ODNを併用して、IFNとIL-6の両方を同時に誘導させようと試みられてきたのだが、これまでは不可能であり、同時使用の場合に誘導されるのはIL-6のみだったのだ。

今回の研究では、2つのCpG ODNの内のIL-6を誘導するタイプだけが用いられた。核酸医薬を体内に長く留まらせるにはナノ粒子に搭載させることが効果的であることがわかっていることから、研究グループは今回、CpG ODNをシリコンナノ粒子と結合させる方法を選択。

この際、結合方法を2種類用意したが、この違いにより、1種類のCpG ODNを使ってIL-6を誘導させたり、反対にIFNを誘導させることが可能であることが発見されたというわけだ。

1つ目の結合方法は、シリコンナノ粒子の表面を化合物「マレイミド」で修飾し、CpG ODNの一端のみを「チオール化」(水素化された硫黄「-SH」を持つ化合物)して架橋させるというもの(画像1)。この場合、CpG ODNは画像1で示すとおり、髪の毛のような形状でナノ粒子と結合した。

2つ目の結合方法は、シリコンナノ粒子の表面を「アリルアミン」で修飾し、CpG ODNを静電的に結合させるというものだ(画像2)。

画像1。マレイミドで表面修飾したシリコンナノ粒子と、一端をチオール化したCpG ODNを混合するとCpG ODNはシリコンナノ粒子表面に髪の毛のような結合状態を形成する

画像2。シリコンナノ粒子(黒丸)に静電的に結合したCpG ODN分子(矢印で示した白い層)の透過電子顕微鏡写真。シリコンナノ粒子の表面にCpG ODNが巻きつくように結合しているのがわかる

1つ目の方法では、CpG ODNが、画像3右図のようにIL-6を誘導する。そして、2つ目の方法では、本来なら、1つ目の方法と同様にIL-6を誘導するはずが、IFNを誘導するようになった(画像3、中央図)。

つまり、おなじCpG ODNを用いても、ナノ粒子への結合の仕方によって、IFNを誘導するか、あるいはIL-6を誘導するかを制御できることを意味している。すなわち、ナノ粒子との結合形態により、CpG ODNの効果を変換できることが発見されたというわけだ。

画像3。CpG ODNのナノ粒子による効果の変化。遊離のCpG ODN分子は、CpGを認識する「トールライクレセプター9(TLR9)」と相互作用してIL-6を誘導する(左図)。シリコンナノ粒子(青丸)に静電的に結合させたCpG ODNはIFNを誘導するようになる(中央図)。シリコンナノ粒子に一端のみを結合したCpG ODNは遊離のCpG ODNと同様にIL-6を誘導する(右図)

さらに、この2つの異なる結合方式でシリコンナノ粒子と結合させたCpG ODNを混ぜて併用した結果、IFNとIL-6を同時に誘導することに成功した(画像4e)。この2つを同時に高いレベルで活性化させることに成功したのは世界で初めての成果である。

今回の研究で使用したシリコンナノ粒子は、「量子ドット」の性質を有しているため、紫外線を照射することで蛍光を発することが可能だ。この性質を利用することで、シリコンナノ粒子に結合したCpG ODNの細胞内での所在を観察することができる。

その結果、静電的に結合させたCpG ODNは、細胞内にある細胞外物質を取り込む小胞「エンドソーム」に局在し(画像4b)、一方、シリコンナノ粒子表面のマレイミドに架橋したCpG ODNは、細胞外から取り込まれた物質を分解する細胞内小胞「ライソソーム」に局在することが見出された(画像4c)。

従って、CpG ODN分子のシリコンナノ粒子の表面への結合の違いは、細胞内での局在に影響を及ぼし、その局在の違いが、IFNを誘導するか、あるいはIL-6を誘導するかを決定していると考えられるという。

画像4の説明。(a):遊離のCpG ODNはIL-6のみを誘導する。(b):IL-6のみを誘導するCpG ODNをシリコンナノ粒子表面に巻きつくように静電的に結合させるとIFNを誘導するようになる。(c):IL-6のみを誘導するCpG ODNをシリコンナノ粒子表面に髪の毛のような結合をさせると、IL-6のみを誘導し、IFNは誘導しなくなる。

(d):シリコンナノ粒子表面に巻きつくように結合させたCpG ODNと遊離のCpG ODNを併用してもIL-6のみ誘導され、IFNとIL-6を同時に誘導できない。(d):シリコンナノ粒子表面に巻きつくように結合させたCpG ODNとシリコンナノ粒子表面に髪の毛のように結合させたCpG ODNを併用すると、IL-6とIFNを同時に誘導するようになる。

画像4。シリコンナノ粒子を活用することでCpG ODNをがIFNとIL-6を同時に誘導する様になる

今回の研究は、ナノ粒子と組み合わせることによって、CpG ODNという核酸医薬の効果を変化させることができることを示したものである。また、いくつかのCpG ODNは、すでに米国において臨床試験の段階にある状態だ。

今回の成果は、IFNとIL-6を同時に誘導することによって、遊離のCpG ODNを単独で使用した場合と比べて、より大きな免疫活性化効果が期待でき、感染症やアレルギー疾患への応用、あるいはがんの免疫療法への応用が考えられると、研究グループは述べている。