理化学研究所(理研)と東京大学(東大)は7月26日、強相関酸化物と電気二重層を用いた新しい電界効果トランジスタ(FET)を開発し、固体表面に電荷を貯めるだけで、固体全体の電気的性質および結晶構造が変化する新現象を発見したと発表した。

成果は、理研 強相関量子科学研究グループ 強相関複合材料研究チーム 中野匡規特別研究員、東大 大学院工学系研究科 教授 岩佐義宏チームリーダー、同教授 強相関界面デバイス研究チーム 川崎雅司チームリーダー、同教授 十倉好紀グループディレクターらよるもの。最先端研究開発支援プログラム(FIRST)課題名「強相関量子科学」の事業の一環として得られたものであり、7月25日(現地時間)付けで科学雑誌「Nature」オンライン版に掲載された。

コンデンサの蓄電効果を利用したFETは、電圧による電気抵抗のスイッチング機能を提供する基本素子であり、コンピュータや携帯電話などの電子機器には欠かせない要素技術の1つとなっている。従来の半導体エレクトロニクスでは、シリコンベースのFETを微細化・高集積化することで、高性能化を目指している。しかし、FETの微細化には限界があり、それを乗り越えるために別の技術の創出が期待されている。例えば、電子の持つ電荷とスピンの同時制御を目指すスピントロニクスや、強相関電子の特殊な性質を利用する強相関エレクトロニクスが提案され、従来のシリコンテクノロジーでは実現不可能な新機能の実現を目指す研究・開発が行われている。

この中で、強相関酸化物は磁場や光、圧力などを加えると、性質が劇的に変わり(相転移)、絶縁体から金属に変化し、物質によっては強磁性を示すことがこの10年ほどの研究成果から明らかになり、次世代エレクトロニクスの候補材料として注目されている。しかし、強相関酸化物に特徴的な電子同士の反発力を打ち消すことができるほどの大きな電界を作り出すことができなかったため、実用化する上で重要となる「電圧による相転移」ができず、大きな障壁となっていたという。

同研究グループでは、これまで巨大な電界を作り出す手法として、固体と電解液の界面に形成される電気二重層に注目し、それをFETに応用した電気二重層トランジスタ(EDLT)の開発を進めてきた。今回、この手法を代表的な強相関酸化物である二酸化バナジウム(VO2)に適用した。VO2は、室温よりも高い温度で絶縁体と金属の相転移を示し、その相転移は数桁に渡る巨大な抵抗の変化を伴い、かつ転移の前後で結晶構造も変化することが知られている。このVO2の相転移を電圧で制御するために、金属とVO2の間に電解液としてイオン液体を満たしたEDLTを作製し、その性質を調べた(図1)。

図1 固体全体の電気的性質・結晶構造のON/OFFを可能にするFETの模式図と実際のデバイスの写真。ゲート電極とVO2の間に正の電圧をかける(ON状態)と、イオン液体の陽イオンがVO2の表面にぎっしり貯まる。その結果、VO2全体の電気的性質が絶縁体から金属へ、結晶構造が単斜晶構造から正方晶構造へ変化する。

まず、金属(ゲート電極)に電圧を加えたときの、VO2の電気抵抗の変化(電界効果)を調べた。その結果、わずか1Vの電圧を加えると、電気抵抗がおよそ1/1000以下に減少し、絶縁体から金属に相転移することが分かった(図2)。

図2 FETのON/OFF状態における抵抗の温度変化。OFF状態では室温付近(300K)で相転移が起こり、抵抗が急激に変化する。低温側では電子が動きにくくなっており(局在化)、温度の減少とともに抵抗が上がる絶縁体の特徴を示す。これに対して、ON状態では相転移が起こらず、抵抗が温度にほとんど依存しない金属の特徴を示す。わずか1Vほどの電圧で両者を切り替えることができる。横軸は絶対温度ケルビン(K)で、273.15K=0℃

絶縁体から金属に相転移は、強相関電子が反発力を失って、突然動き始めたことを意味している。その様子を直接捉えるため、ホール効果測定を用いて、電界効果で新たに加えた電子の数と、実際に動いている電子の数を比較した。その結果、加えた電子の数よりもはるかに多い数の電子が動き、例えば0.4Vの電圧を加えると、加えた電子の数に対して約1000倍も多く動いていることが分かった(図3)。

図3 電界効果で加えた電子の数と、実際に動いている電子の数の比較。ゲート電圧を加えると、電界効果でVO2の表面に電子が貯まる。通常のFETでは、この電子の数と実際に動いている電子の数は一致する。しかしVO2の場合、加えた電子の数よりもはるかに多い数の電子が動いている。その密度を計算すると、バナジウム原子の密度とおおよそ一致することから、VO2の内部にもともと存在しながらも反発しあって動けなくなっていた局在電子が、表面に電子を貯めることで動き始めたことが分かる

その数を計算したところ、固体内にもともと存在しながらも反発力で動けなかった電子(局在電子)の数に一致していることが分かった。これは、電界効果でVO2の表面に電荷を貯めると、固体内に存在していた強相関電子全てが集団で動き始めることを意味している。さらに、この相転移前後で結晶構造が大きく変化していることを、大型放射光施設SPring-8を利用したX線構造解析で明らかにした。このような電界効果による固体全体の状態変化や結晶構造の変化は、強相関電子の特徴を色濃く反映した新しい効果であり、従来の半導体エレクトロニクスでは実現できないものという。

今回、室温において1Vという乾電池程度の電圧で絶縁体と金属をスイッチできることを示したことで、強相関酸化物を主役とする超低消費電力な電子デバイスへの応用の道が拓けると期待できる。また、この電圧で誘起した低抵抗状態(金属状態)は、電圧を遮断しても長時間保持されることが分かり、新しい不揮発性メモリとして使える可能性があるという。さらに、表面を操作するだけで固体全体の性質を制御できることから、従来のFETでは不可能だった体積変化を必要とする光スイッチへの応用も見込める。例えば、VO2は外気温に合わせて自動的に赤外線を透過/遮断するスマートウィンドウとしての応用が期待されているが、この赤外線に対する透過性をわずか1Vで電気的にスイッチできれば、大きな需要があると考えられる。基礎研究の側面からも、強相関電子の相転移の瞬間を直接捉えた今回の研究の意義は極めて大きく、強相関電子が重要な役割を担う高温超伝導などの物理現象の解明にも大いに貢献すると期待できるとコメントしている。