科学技術振興機構(JST)と龍谷大学は、生態系に多様な生物種間関係が存在することが、「自然のバランス」を保つカギであることを突き止めたと共同で発表した。

研究はJST課題達成型基礎研究の一環として行われ、成果は龍谷大学理工学部の近藤倫生准教授、舞木昭彦研究員らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米国東部時間7月20日付けで米科学誌「Science」に掲載された。

現在、生物種の多様性は急速に失われており、その速度は地球の生物史が経験した5度の大量絶滅に匹敵するという見方もあるほどだ。生物多様性の崩壊に伴う、自然が人類に提供している「生態系サービス」の喪失が進行するにつれ、生物多様性の崩壊を食い止め、回復するための技術開発・方策の策定が強く求められるようになってきた。

この生物多様性保全注の成功には、自然生態系の科学的理解が大きく貢献することが期待される。時計の動く仕組みを知らずして壊れた時計の修理が難しいのと同様に、生物多様性を保全するには、生物多様性が保たれる仕組みを知ることが重要となるからだ。

自然生態系では、多くの種類の生物種が互いに関わり合いながら共存しているが、そこでは特定の生物種が突然に大発生したり、生物種が次々に絶滅したりといった、個体数の大きな変動はあまり生じない。

自然には生物個体数の大きな変動を抑制する何らかの自己調節の仕組み(自然のバランス)が働いていると考えられる。この自然のバランスが保たれる仕組みがわかれば、世界的な大問題「人間活動に伴う生物多様性の喪失」を食い止めることが可能になるかも知れない。しかし、この自然のバランスを保っている仕組みの正体はよくわかっていなかった。

よく知られた理論生態学の権威ロバート・メイ博士の「複雑な生態系は不安定である」という、1972年に発表されたそれまでの予想を裏切る理論解析結果の報告をはじめ、生態学理論の多くは、私たちの予想に反して、生物種の数が多いほど、そして関係を結んでいる種ペアの数が多いほど「自然のバランス」が保たれにくくなることを予測している。

複雑になるほど生態系は不安定になるとしたこれらの理論予測は、複雑な自然生態系が実際には存続しているという観察事実と矛盾しており、自然生態系においては生物多様性の維持を促進する何らかの未知の仕組みが働いていることを示唆するものだ。

メイ博士の理論からその存在が期待された「自然のバランスが保たれる仕組み」を解明しようとする研究が、40年間に渡り、多くの研究者によって盛んに行われてきたが、未解決のままだった。

近藤准教授らは今回、複雑な生態系において自然のバランスが保たれる仕組みを解明するため、過去の研究では見逃されてきた「生物種間関係の多様性」の役割に着目。

人間社会には、敵対関係や協力関係などのさまざまな人間関係があるが、それと同様に自然の生態系でも、多様な生物種が存在するだけではなく、それらの生物種の間に多様な関係が成り立っているのは説明するまでもないだろう。

例えば、植物とその花粉を運ぶ昆虫の間に成立するような「互いに助け合う関係(相利関係)」もあれば、鳥の仲間が昆虫を食うといった「一方が他方から搾取する敵対的な関係(食う-食われる関係)」もある。

これまでの研究では注目されることのなかったこのような種間関係の多様性こそが「自然のバランス」を保つカギなのではないか、というのが今回の研究の基本的なアイデアだ。

しかし、種間関係の多様性が自然のバランスにどのような影響をもたらすかを研究した例は過去にはない。そこで、種間関係の多様性が自然のバランスにもたらす影響を評価するために、数学を利用した自然生態系の模型(数理モデル)が作成された。

この数理モデルでは、たくさんの種類の生物が互いに関わり合いを持っており、ほかの生物種の影響(種間関係)を受けて生物の個体数が増減する様子が再現されている。

この数理モデルは、メイ博士が利用した数理モデルを基礎としているが、この数理モデルは相利関係と敵対関係の両方を含んでおり、さらにその「ブレンド比率」をいろいろに変えられるという点が、従来のモデルにはない新しい特徴だ。

そして、このモデルの解析の結果、敵対関係と相利関係の「ブレンド比率」こそが、自然のバランスに大きな影響をもたらすことがわかったのである。具体的には、2つの重要な影響が発見された。第1に、種間関係が多様だと多種の共生が容易になる(自然のバランスが保たれやすくなる)ことだ(画像1)。

敵対関係と相利関係の「ブレンド比率」が一方に偏っていると、生態系における個体数変動の安定性は低くなってしまう。しかし、両者がほどよい割合で「ブレンド」されていると、そこに生育する生物の個体数変動は小さく押さえられ、生態系の安定性が高まることが判明した。

画像1。生態系における相利関係と敵対関係(食う-食われる関係)のブレンド比率と生態系の安定性の間の関係

第2にわかったことが、敵対関係と相利関係がほどよく「ブレンド」されていると、これまでは自然のバランスを崩すと信じられてきた生態系の複雑性(種数が多い、関係を結んでいる種ペア数が多い、種間関係が密であることなど)が、まったく逆の効果を持つことである(画像2)。

画像2は生態系の複雑性と安定性の関係を表したものだが、敵対関係に偏っている生態系(左)や相利関係に偏っている生態系(右)では、メイ博士の理論予測と同様に、より複雑な生態系では安定性が低くなることが判明。それに対し、両方の関係がほどよくブレンドされている(中央)と、生態系の安定性は複雑性が高いほど高まることがわかった。

すなわち、種の数が多いほど、そして関係を結んでいる種ペアの数が多いほど、個体数変動が小さくなり、生態系の安定性が高まるというわけだ。

画像2。生態系の複雑性と安定性の関係

つまり、自然生態系にも当たり前に存在する種間関係の多様性を考慮すると、生態系の複雑性は自然のバランスを支えているのである。なお、これら2つの理論予測は、生物種間の競争関係の存在や、想定する種間関係ネットワークの構造など、いくつかの前提を変えて数理モデルを解析し直しても変化することなく、常に導かれたとした。

種間関係が多様であれば自然のバランスは高くなり、さらにこの安定化効果はより複雑な生態系で強く発揮されるという今回の発見によって、これまで未解決であった、複雑な自然のバランスが保たれる仕組みが解明された形だ。非常に複雑な生態系が維持されるのは、そこに種間関係の多様性があるためと考えられる。

今回の研究の結果は、「何が複雑な自然生態系のバランスを保っているのか」という未解決の大問題に「種間関係の多様性」という1つの答えを提供した。また、自然生態系における生物多様性の保全を進める際には、「どのような生物が存在するか」のみならず、「生物が互いにどのような関係を築いているか」という種間の関係に着目する必要があることを示している点も重要だ。

なお、絶滅の危機にさらされた生物を保全したり、将来における再生のために生物個体を人工的に飼育したり、植物種子や遺伝子を保管する試みがなされているが、今回の研究はこれだけでは保全の方策として不十分である可能性が示唆されというる。

生物多様性の保全のためには、どのような種がどのような関係を築いているのか、あるいはその関係が地域によってどのように異なっているか、そしてどのように生じるのかを明らかにするなどして、「種そのもの」だけではなく、「種間の関係性」を維持するための方策について考える必要があるとした。