物質・材料研究機構(NIMS)は、慶應義塾大学(慶応大) 先端生命科学研究所との共同研究により、酒中に含まれる超伝導誘発物質を同定し、そのメカニズムを解明したことを発表した。同成果は、NIMSナノフロンティア材料グループの高野義彦グループリーダーらと、慶應大先端研の佐藤暖特任助教らの共同研究によるもので、国際学術誌「Superconductor Science and Technology」の7月出版予定の鉄系超伝導特集号に掲載される。

NIMSでは2010年に鉄系超電導関連物質の鉄テルル化合物[Fe(Te,S)系]を酒中で煮ると超伝導体に変化することを発見しており、今回の研究はその超伝導誘発物質の同定と、誘発メカニズムの解明を目的に実施された。

鉄テルル化合物の1つであるFeTe0.8S0.2は、空気中で数カ月間放置することで超伝導体になるという奇妙な性質を示す物質である。従来、この反応は空気中の水分や酸素が関与すると予想されてきたが、反応に長い時間がかかるためメカニズムの解明は容易ではなかったが、2010年、NIMSの研究結果として短時間で超伝導化する条件を探索した結果、酒中で煮ることが有効であると判明した。しかし、酒であればどれも同じ効果が得られるわけではなく、調べた6種類では「赤ワイン(超伝導体体積率62.4%)」「白ワイン(同46.8%)」「ビール(同37.8%)」「日本酒(同35.8%)」「ウイスキー(同34.4%)」「焼酎(同23.1%)」の順に有効であり、純粋な水/エタノール混合液ではそれほど効果がなく、このことは酒中のエタノール以外の成分が超伝導誘発の鍵を握っていることを示唆した結果となった。

図1 実験に用いられた酒(左上から右下にかけて赤ワイン・白ワイン・ビール・ウイスキー・日本酒・焼酎)と試料の写真

今回の研究では慶応大先端研が開発したメタボロミクスの手法で、イオン性の低分子を数百種類同時に定量することが可能なキャピラリー電気泳動-飛行時間型質量分析装置(CE-TOFMS)を用いて上記6種類の酒に含まれる220種類の低分子を定量し、それらの濃度と超伝導体積率の比較を行った結果、10数種類の物質で強い相関を示していることを確認した。

図2 酒中のリンゴ酸の濃度と超伝導体積率の関係

そこでこれらの「候補物質」の中でも特に相関が高かった「リンゴ酸」「クエン酸」「β-アラニン」について、赤ワインと同濃度の溶液を調製して試料と煮たところ、実際に超伝導が誘発されることが確認されたほか、溶液のpHとも関連することが明らかとなった。

図3 赤ワインおよびリンゴ酸・クエン酸・β-アラニン溶液と超伝導体積率の関係。後者3つの濃度は赤ワイン中の濃度と同じ

これら十数種類の候補物質はすべてキレート効果を持つと予想されることから、酒中の成分が試料から金属イオンを奪っていると考えられ、試料を煮た後の溶液をICP-AES(誘導結合プラズマ発光分析法)で定量した結果、鉄イオンが溶け出ていることが判明した。

図4 赤ワインおよびリンゴ酸・クエン酸・β-アラニン溶液中に溶出した鉄イオン濃度

この結果から、酒中の超伝導誘発因子とはキレート効果を持つ有機酸などであり、それらが超伝導を抑制する過剰な鉄を試料から除去することで、超伝導が誘発されると結論づけるに至ったという。

なお、過剰な鉄が超伝導に悪影響を与える可能性は、FeTe0.8S0.2に限らず関連する鉄系超伝導体すべてに言えることから、今回の成果は鉄系超伝導体の研究開発に新たなアプローチを与えると考えられると研究グループでは説明しており、これまで超伝導体の有力候補でありながら超伝導性を示さなかった物質に対しても応用できる可能性があるという。